第8話 白崎さんがメッセージをくれたのですが?

 足が痛い。どうしてかって? それは、今の俺の姿勢が正座だからだ。

 指紋とパスワードの二重ロックを解除するという意味不明なことをやらかした彩乃が、笑顔で仁王立ちを決めている。だがこいつの場合、仁王様じゃなくて魔王様だけどな。黒い圧力がマジで強い。

 彩乃の手には、俺のスマホが握られている。その画面に映っているのは、今日交換してもらった白崎さんの連絡先。


「ねえ? どうしてあの女の連絡先があるの?」


 これはただの連絡先の交換。やましいことではない。俺と彩乃は交際しているわけでもないから、女の子の連絡先を手に入れることは問題ない。

 だというのに、なんだこの威圧は…! 悪いわけでもないのに本能的に謝っちゃったじゃねえか…!


「それはだな……ほら! 修学旅行のグループでメッセージ回せるようにルーム作るためだよ! 誰かが連絡先持ってないと招待できないだろ?」

「……それもそうね」


 おっ? 意外とあっさりと分かってくれた。これ、最初からそう言っておけば解決したんじゃね?

 彩乃が身に纏う真っ黒いオーラを消してくれる。それから、持っていたスマホを俺に返して背筋を曲げている。


「じゃあ、私は帰るね。そろそろお風呂に入らないと」

「そうか。じゃあ、また明日な」

「うん。おやすみ」


 彩乃がようやく部屋から出ていく。一瞬本気で泣きそうになったー!

 あの雰囲気の彩乃は冗談抜きで怖い。本気で人を殺しそうな目をするときがあるもん。

 さて、俺は俺でやることがある。指紋もパスワードも駄目なら、もう顔認証でロックをかけるしかない。

 顔認証なら、赤外線を使って認証されるから彩乃でも突破は出来ないだろう。名探偵アニメに出てくる怪盗でも、さすがに顔認証は突破できないはずだ。怪盗が無理なら、彩乃も無理だ。うん。これでいこう!

 設定から現在のロックをすべて破棄し、顔を登録する。これで、俺のスマホは安心だ! ……安心だよな?

 俺が一抹の不安を覚えていると、扉がゆっくりと開かれていった。隙間から彩乃がひょっこりと顔を出す。


「おわぁっ!?」

「おわぁってなによ。私じゃない」

「ビックリするわ! 何か用? 忘れ物?」

「一つだけ聞き忘れていたから」


 扉の隙間から顔を出したまま、彩乃が低いトーンで聞いてきた。


「その話、誰が持ち出したの?」

「その話? ああ。連絡先交換な? 俺からお願いしたんだ」

「ふーん。そっ。じゃあ、また明日ね」


 彩乃が扉を閉め、階段を降りていく音が聞こえる。やがて、玄関の扉の開閉音も聞こえた。今度こそ本当に帰ったんだろう。

 それにしても、最後の質問はなんだったんだ? よく分からん。

 さて、お楽しみのラノベを読んでいくか。

 そんな風に考えていると、軽快なリズムの着信音が響いた。通話アプリの通知音だ。

 スマホを掴んで画面を確認すると、白崎さんからのメッセージが届いていた。


『今、お話できますか?』


「うわぁぁぁっ!! メッセージきたぁぁっ!!」

「翔馬うるさーい。ご近所迷惑だからー」


 下からおかんの注意があったが、俺はそれどころではない。白崎さんからのメッセージだぞ!? 叫ばなかったら感情が体内で圧縮されて爆発して俺が死ぬ。

 ……うん落ち着いた。よく分からないことを口走った記憶は消してしまおう。

 冷静になってから、メッセージに返信する。


『大丈夫だよ。どうしたの?』


 既読はすぐについた。それから、俺と白崎さんのやり取りが続く。


『実はね、北海道に持っていくキャリーケースが家に無くて……』

『それは大変じゃ!? でもうち、余りのケースは……』

『違うの! それでね、GW中に買いに行くんだけど、付いてきてくれない?』


「はい勝った! これもうデート! デートでしょぉぉっ!!」


 持っていたスマホを布団に投げつけて全身で喜びを爆発させる。単なるお買い物かもしれないが、俺にとっては最高だ。白崎さんがわざわざ誘ってくれたのだ。行かないなんて選択をするやつは消えてくれ。

 自分でもおかしな顔をしているなと思いつつ、承諾の返事を送る。


『もちろんいいよ! 都合のいい日を教えてね? 空けておくから』

『ありがとう! じゃあ、二日の十時に駅前で待ち合わせね。新しくできたショッピングモールに行こう?』


 スッゴい楽しみだ! 俺の夢の一つが叶った瞬間でもある。

 メッセージのやり取りを終え、改めてラノベに向かう。だが、ワクワクで内容があまり入ってこなかったので閉じる。


「よしっ! 何やってもダメそうだから寝るか!」


 スマホを充電器に接続し、布団を被って電気を消す。おやすみ!

 ちなみに、布団に入っても眠れることはなかった俺は、夜中の二時頃までベッドの上でゴロゴロするはめになってしまった。

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