第34話 体育祭が閉幕したがゆえに後夜祭が開幕する。

いよいよ始まった後夜祭。始まりからかなり忙しない感じで、どっと疲れた。

女子人気を獲得して、これからウハウハ生活かと思いきや、同級生や後輩に妨害され、追いかけまわされ、挙句の果てに疲労から眠りについてしまい、起床とともに発してしまった恥ずかしい言葉を聞かれる始末。


「しゅ、駿・・・?その言葉ってもしかして―――」

明らかに動揺しているふみ。それもそうだろう。いきなりこんなことを言われたら誰だって動揺してしまう。

ここで俺は、さっきの寝言を思い出してみる。恥ずかしすぎるためあえて今一度書き起こすことはしないこととするが許してほしい。

思い起こしてみると、あくまで口にしたのは『お前たち』であり、彼女たちの名前を発したわけではない。ここは上手く誤魔化せるかもしれない。

俺はこの後に「――私たちに言ってる?」とおそらく続くであろうふみの言葉を遮るように言った。

「あぁ、いい夢だったなぁ。お前たち――――そう、綾音たち家族の存在のありがたさが感じられる夢だった。」

『お前たち』を『綾音たち家族』に置き換えることにした。家族が俺の居場所。何の違和感のない構文である。俺は敏感であるだけではなく、頭まで切れてしまうのか。

「か、家族の夢見てたんだね・・・。ふぅびっくりしたぁ・・・。」

安堵あんどの表情を見せるふみ達。ストレートに誤魔化さず、『お前たち』というのは『ふみたち』のことなんだと言う勇気も度胸も俺にはない。

少し暗い声色で陽花里が言う。

「なんだ、てっきり私たちのことかと・・・」

暗い声色なのは、陽花里も安堵しているからなのであろう。

「くるみはてっきり、くるみたちの夢を見ていたのかと思いました。いちごもそう思ったよね?」

「まあ、自意識過剰かもしれないけど思っちゃったかな。」

「うんうん。くるみたち、すなわち、くるみと駿先輩の夢。くるみ達は結ばれて、駿先輩にくるみ、それに子宝にも恵まれて・・・」

「前言撤回。思わなかった。てか何勝手に勝ち誇ってるのよ!」

「絶対勝つもん!だから勝ち誇っていいもん!」

何やら突然始まったバトル。そこにふみが仲介に入る。

「まあまあ2人とも。とりあえず駿が目覚めてくれて良かったじゃん。ほら駿、後夜祭一緒に行こうよ。起きて起きて。」

ふみが差し伸べてくれた手を取り、俺は立ち上がった。

「そうだな。まだ始まって20分ちょっとだ。終わるまではまだまだ時間があるし、ぶらぶらするか。」

「うん!さあほら行こ!」

ふみがそのままリードして駆け出そうとしたその時だ。

「ふみ。なに駿くんと手繋いでるの?そして駿くんもなんで手を取ったままなの?」

逆の俺の腕を陽花里が引いて止める。昔からふみは俺の手を引いて連れ回すため、あまり手を繋いでるという感覚はなく、例えるならばリードで引かれてるような感覚だった。

恐らく少し声が怒っているのは、こういう手を繋ぐという行為は恋人同士がやることであって、ただの友達、幼馴染がやるべきことでないという、純粋で清楚な陽花里ならではの考えがゆえなのであろう。

「ふみ先輩!くるみたちが争ってる間に何抜け駆けしようとしてるんですか!」

「次期生徒会長として、不純異性行為は認めません!ほら手を離してください!」

「さりげない感じだったと思ったんだけど、やっぱりダメか・・・」

「駿くん、すぐ手なんか握るハレンチ極まりない子なんて置いて私と一緒に――――」

「あ、陽花里いたー!後夜祭一緒に回る約束してたじゃん!ほら早く行こー!」

向こうで陽花里を呼ぶ声がした。どうやら陽花里の友達のようだ。

「え、そんな約束――――」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


時は遡ること7時間ほど前の体育祭が始まる前のことだ。

私、白谷陽花里は想いを馳せる彼のことを考えていた。

ずっと昔から私は彼を想い、見続けてきた。だからこそ今日の彼はいつもと違うということがすぐにわかった。いや、今日だけじゃなくここ2週間ほど、彼は悩んでいる様子だった。

相談に乗ってあげたい。けど私には『何か悩みでもあるの?』という一言さえ勇気が出ずにかけられなかった。


何をしていても彼を気にかけてしまう。友人と話している時だって例外じゃない。話の内容はまるで入ってくることなかった。


そう、あの抜け殻同然だった時の会話を一生懸命思い出してみる。

「ねえ、陽花里も一緒に後夜祭回ろうよ。」

「うんー。」

「じゃあ、決まりね。終わったら昇降口集合ね。」

「うんー。」


あ、約束してた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そうだった!もう!駿くんが悪いんだから、ちゃんと埋め合わせしてよね!友達と回るのも嫌いじゃないけどさ・・・。じゃあ、またね。」

「あ、あぁ、また。」

何故か怒られてしまった。何故だ。敏感な俺でもこれは難問だ。

「これで敵が1人減ったわね。さあ駿兄。今から――――」

「こんなところにいたか青山。」

「先生?何か御用でしょうか・・・?」

「お前キャンプファイヤーの時にやる出し物の集まり忘れてるだろ。もうみんな集まってるぞ。」

「えぇ?!そんな出し物なんて・・・」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


あれは体育祭からだいぶ前のある日のこと。

私、青山いちごは後夜祭での担当の係を決める司会を務めていた。

「今から、後夜祭の係決めをします。まずは・・・」

「ねね、青山さんは何かしたいのないの?」

「私?」

「うん、青山さんいつも司会してくれてるから、こういう行事くらいは好きな係してくれていいと思うんだ!」

「うんうん!そうだよね!青山さん何かしたいのないの?」

なんか今日はみんな優しい。いや、いつも優しくないわけではないんだけど。

今までは優等生キャラを貫いてきたけど、ある日を境に、私はありのままの自分も見せるようにした。

まあ100%ありのままというわけではないのだけれど。100%ありのままなのはある人の前限定。

言いたいことは人が不快にならない程度に言うようにするようになってからというものの、みんなからの信頼が厚くなった気がする。

「私がやりたい係・・・」

1年生と2年生では係の種類がちがうため、何を選んでもあの人と同じにならない。

なら、何を選んでも同じかなぁ。

「みんなありがとう。でも私は余ってるのでいいかな。やりたい係、そこまでないし。」

「青山さん、素直!」

みんなの笑いで教室が明るくなる。私には正直何が面白かったのかわからなかったけど、教室がこんな雰囲気になってるのもあの人のおかげなのかもしれない。


「みんな決め終わったわね。じゃあ、私はここに・・・」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「しまった!てかそれって集まりあるの?!もうこれは駿兄が悪いんだからね!駿兄が一年生じゃないから!ばか!じゃあ!」

「あ、あぁ。じゃあ。」

また怒られた。理由は1年生じゃないからっぽい。謎だ。

「駿先輩。こういうのは後輩と回りたいもんなんじゃないですか?じゃあくるみと一緒に回ましょう!あいにくくるみには係もなければ、いちごとあやねん以外に同級生の友達もいませんから!!」

何こいつは悲しいことをこんな大きな声で堂々と言えるんだ。

「ほら、駿先輩。くるみと一緒に――――」

「あ!黄山さんいた!」

「探したよー、黄山さん!」

恐らく玖瑠未と同学年と見られる女子が1、2人でなく15人くらいいた。

「あれ、あなた達は・・・クラスのみんな・・・」

やはりそうか。あまり人の顔を覚えるのが苦手な俺は、今も尚、同学年か他学年かの区別がつかない。そんな俺でも同学年と予測できたのは、見覚えのある人がいたから。

「黄山さん、さっきはごめんね・・・。バトン落としちゃって・・・」

見覚えのある人、そう、学年対抗リレーにてA組の第三走者を務めた彼女だ。彼女は次の走者であるアンカーの玖瑠未とのバトンタッチの際、バトンを落としてしまったのだ。

「いや、それは私が悪かったから・・・」

バトンタッチのミスは玖瑠未もかなり精神的ダメージを負っていた。何度も自分を責め、誰にも見られることのない図書室でただ1人泣いていた。

しかし、責任を感じていたのは玖瑠未だけではないだろう。第三走者の子もかなり泣いた様子で、目が赤くなっている。

「もう、2人ともバカ!」

大きな声を上げたのは1年A組の学級委員の子だ。学校総会の時に見かけたので、覚えている。彼女はさらに続けて言う。

「あのミスは誰も悪くない。だから2人とも自分を責めないで。あなた達のおかげで私たちは準優勝することが出来たんだから。」

まだ落ち込んだ表情の2人。そして玖瑠未が口を開く。

「そう励ましていただけて、ありがとうございます。でも、あそこでバトンが落ちなければ、私たちは準優勝じゃなくて、優勝――――」

「してないよ。」

「え?」

「優勝はポイントの差的に、どうあがいても無理だったんだよ。てか、クラス対抗リレー始まるまで、A組ビリだったしね!あははっ!」

「え・・・、えぇぇぇぇぇーーー!!!!?」

「だから準優勝まで導いてくれたのは黄山さん達のおかげなんだよ。本当にありがとう。」

「対抗リレーで優勝しても全体優勝出来なかったの?!じゃあ、くるみあんな顔ぐちゃぐちゃになるまで泣いた顔、駿先輩に見られることなかったかもじゃあん!もう駿先輩が悪い!!」

またまた俺のせい。なんで?理不尽すぎない?

「あ、やっと本来の黄山さん見せてくれた。」

「え?」

「黄山さん、全然話さないんだもん!私たち、ずっと黄山さんと話したいって思ってたんだよ?」

「そうそう!黒川さんや青山さんとしか同学年では話してるの見たことないし、私たち黄山さんに何かしちゃったかなーって。」

「黄山さんすごく足速くって私、完全に好きになっちゃったよ!」

「駿先輩、これって・・・」

こんな状況を見たら、敏感だろうが鈍感だろうが、誰にだってわかるだろう。

「みんな、お前と友達になりたいってさ。」

もし俺と出会っていなくて、綾音と引き合わせていなかったとしても、こうして友達ができていたのだろう。

玖瑠未の人を思いやることのできる優しさは、どうやら周りの人たちには伝わっていたらしい。

人は何か大きなミスがあったときは、他人のせいにしてすぐに自分を守ろうとするものだ。しかし、玖瑠未は違った。決して他人を責めることなく、ずっと自分自身が悪いと言い続けていた。

見ると玖瑠未は涙を流していた。

「あ、あれ、おかしいな・・・。もう全部先輩に話して、悲しい涙は流しきったはずなのに・・・」

「涙は悲しい時に流れるだけじゃないだろ?嬉しい時にだって、人は泣くんだよ。」

「嬉し泣きくらい知ってますよ!けど体験したことなくって・・・。嬉しいのに涙が出るなんて、とっても不思議です・・・」

本当に不思議なものだ。悲しい時と嬉しい時で、真逆の感情なのに同じ感情表現があるなんて。

「泣かないでよ黄山さん!ねえ、いっしょに後夜祭回ってくれるかな?」

「う、うん・・・!」

「良かった!じゃあ行こ!」

「うん・・・!あ、ちょっと先行ってて。すぐ追いかけるから。」

「おっけー。じゃあ、お先~」

「なんで一緒に行かないんだよ。」

「ひどっ!女の子がこうしてひとり残ったんですから、何か伝えたいことがあるってわかるでしょ?!敏感なくせにわかんないんですか!?」

少し感動してたせいで敏感が鈍ってしまっていたようだ。危ない危ない。

「まあ、いいですよ。で、ですね、駿先輩。みんなを待たせちゃいけないので簡潔に言いますけど、くるみが伝えたいことっていうのは――――くるみの一番は、いつだって黒川駿、ですから。・・・じ、じゃあ、またぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

そう残して彼女は新しくできた友達のもとへ走り去っていく。

「なんであいつはあんな恥ずかしいことが堂々と言えるんだよ・・・」

新しく友達が増えたことにより、一緒にいる時間が短くなるとか、新しい友達ができたのは駿先輩のおかげです的な事とかを予測していたのだが、一歩上をいかれてしまった。

「お待たせー!みんなー!」

「黄山さん!あ、玖瑠未ちゃんって呼んでいい?」

「全っ然いいよー!」

「いきなり聞くのもなんだけどさ、玖瑠未ちゃんとあの男の人ってどういう関係なのー!」

「え、えー!ホントいきなりだね・・・!あの人はくるみにとって、か・・・。あの人は―――」


俺は仲良く楽しそうに話す玖瑠未を見守っていた。

「ねえ、駿。」

「あ、ふみ。いたの。」

「いたでしょ!なんで私こんな存在消されてるの?!全然セリフないんですけど?!」

「それは可哀そうに・・・。で、どうするよ。」

「可哀そうで済ませるな。その悲しい子を見る目で見ないで!ま、まあ、私は正真正銘、係もないし、約束してる友達もいないけど・・・」

「奇遇だな。俺もだ。裕二を誘ったのに先客がいるみたく断られてしまった。」

裕二は人気者だから仕方ない。

「(裕二ナイス!)じ、じゃあ・・・」

「じゃあふみ、一緒に回るか。」

「う、うん!」

(たまにこういうことしてくるの、ホントずるいっ。)

「ねえ早く行こ!あ、忘れてた罰として、いろんなもの奢ってよね!」

「あー、可哀そうだし、いいよ。」

「だからそんな目で見るなぁぁぁ!!」





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