第25話 体調不良がゆえにツンデレ後輩とまた一夜を過ごす。
「へえ、あんた料理できるのね。」
妹が鬼のスピードで帰宅してから、いちごのお願い、というかほぼ命令で夕飯の支度をさせられている。
「だから言っただろ。俺は意外と家事出来ちゃう系男子なんだよ。」
両親は共働きのため、帰りが夜遅くなったりするときは俺と綾音で家事を分担している。
今日のオーダーは味がしっかりついた雑炊。
熱は下がったとはいえ、まだ万全の体調じゃないため、さらっと食べれる雑炊が良い。しかし、めちゃくちゃ体調が悪いわけでもないので、薄味だと物足りない。よってこの献立を依頼された。
「それはホントに意外だわ。せいぜい作れてもTKGくらいかと思ってたわ。」
「それ料理って呼べんのか・・・?」
「料理よ!私の唯一無二の得意料理!!」
敏感な俺はここで気づく。
「お前、まさか料理、苦手なのか?」
「え?何を言ってるの?全然苦手じゃないわ。TKG以外にも、昨日の夜は鮭フレーク丼作ったし、その前の日には納豆かけご飯も作ったわ!どう?これでも苦手って言える?ホント馬鹿ね。ここまで馬鹿だったとは・・・。バーカバーカ。」
やばい発言からの流れるような悪口。
馬鹿はお前だ。
「料理って言わねえよ!!ご飯に既製品かけてるだけだよ!!どっからその自信沸いてくるの!?」
「はっはーん。悔しいんだ?私の料理の腕のレベルを知っちゃって、勝てる気しないんでしょ?ま、まあ、特別に?今度納豆ごはんでも作ってあげるわよ・・・」
駄目だ。何言っても通じないっぽい。
「ああ・・・勝てない勝てない、参った。てかその食生活でよくそんなきれいな肌が維持できるよな。」
いちごの肌はとてもツヤがあり、質が良い。
触らなくても、見ればわかるくらいに。
「へ!?な、何よいきなり!セ、セクハラ!!」
「え!?今のセクハラ発言認定!?」
乙女心って難しい。褒めたつもりだったんだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ごちそうさま。ありがと。ま、まあ、美味しかったわ・・・」
「それはお粗末様でした。あ、食器は洗っておくから、ゆっくり休んでろよ。」
「それは悪いわよ。晩御飯の準備までしてもらって、片付けまで任せるなんて。食器くらい洗うわ。」
「気遣わなくていいよ。お前は病人だ。お前を助けるために、今日俺はここにいる。」
そうだ。いちごのサポート。今日俺がここにいる理由を忘れてはいけない。
「そ、そうだけど・・・、でも、ちょっと悪いわ・・・」
「じゃあこうしよう。これは貸しだ。」
「貸し・・・?ひゃっ!だ、ダメよ!エッチなお願いとか聞かないから!!」
「どうしてそうなったああああ!!」
「だってそういうのって、何でも言うこと聞け!的なやつじゃないの・・・?」
「ちげえよ!ここでいう貸しは、俺はお前が困ってるときにこうして助けた。じゃあお前も俺が困ってるとき、助けてくれって貸しだ。」
「なんだ、そういうこと・・・。ま、まあ、そういうことなら仕方ないわね。ホントは嫌なんだけどこうして助けてもらってるしね。し、仕方なくだから。」
「そっか、頼りにしてるぞ。」
「ま、任せなさい・・・」
続けていちごが小さな声でぽつり。
「というか、こんなちっちゃい私のことそういう目どころか、女の子として見れないよね・・・」
「え?」
「あっ、いや、な、なんでもないわよ・・・!じゃあ、片付け任せたわ!私はテレビでも観てくるから!」
いちごはリビングへと駆け出していく。
「ああ、間違えたな・・・」
俺は聞こえていたのに、聞こえないふりをしてしまった。
そしてその時ほんの少し見せた切ない表情にも、気づかないふりをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ね、ねえ、あんた。今日は私の面倒を見るためにここにいるんでしょ?じゃあ、私が寝付くまで近くにいなさいよ・・・!何ならこの部屋で寝てもいいわよ?いや、この部屋で寝なさい!べ、別にお化けが怖いとかないから!』
と、言われたため、俺はいちごが寝付くまで、近くにいることになった。
どうやらお化けが怖いらしい。
というか一人の時はどうやって寝てるんだ。
「ねえ、私まだ起きてるから。寝てないから。まだ寝ちゃだめよ。」
「起きてる起きてる。大丈夫だぞ。」
「そ、ならいいわ。」
しばらく沈黙。
するとスピースピーと寝息のようなものが聞こえてくる。
そろそろ寝るかと、布団に戻ろうとしたとき、数時間前のことを思い出す。
『こんなちっちゃい私のことそういう目どころか、女の子として見れないよね・・・』
いちごの顔を覗く。おそらく眠っているだろう。
「寝てるときに言うのなんてずるいよな・・・」
ラノベやマンガのよくある展開で、ヒロインの言葉を聞き逃す鈍感主人公というのがある。
そのヒロインの言葉が、どうでもいい内容のことならいいが、大体の場合はとても大事なことだ。
ヒロインはヒロインなりに勇気を出して言葉にしたのだろう。それが小さな声であろうと主人公は聞き取らなければならない。または、ちゃんとなんと言ったか聞き返すべきだ。主人公はそのあとの切ない顔を見て何を思わないのだろうか、何も違和感を感じないのだろうか。
鈍感だから聞き取れなかった?鈍感だからその切ない表情も見逃した?
ふざけるな鈍感野郎。
その言葉が聞き取れていたら、変化に気付いて問い直していたら、運命は大きく変わったかもしれない。
少なくとも、そのヒロインは切ない表情を見せなくて済む。
頑張って声に出した勇気、思わず溢れ出てしまった想いを無視し、そんなことなど全く気に留めない鈍感野郎が俺は大嫌いだ。
しかし、俺はその大嫌いな鈍感野郎よりも最低なことをしたのだ。
鈍感野郎は恐らく本当に聞こえず、表情の変化にも気づいていないのだろう。
対して俺は、聞こえていたのに、気づいているのにわざと聞こえないふりをしたのだ。
「まず、いちご。ごめんな。ホントはさっきのキッチンでのいちごの話、聞こえてたんだ。」
俺は敏感でいたい。
鈍感であるがゆえに人を傷つけるような人にはなりたくない。
本当はすぐに答えてあげればよかった。
上手い返しが、言葉が見つからず、結局取ってしまった行動は鈍感ルート。
そんなルート、俺は進みたくない。
そこから分岐点を作り、敏感ルートへ戻るには、やはりちゃんと答えること。
それが俺にとって今、敏感野郎としてできることだ。
「お前、自分がちっちゃいから、女性として見られないって言ってただろ?すぐ答えるべきだったんだが、どうにもうまい言葉が見つからなくて、パニックになっちゃってな。」
そう、正直に。洗いざらいすべて。
「結論から言うと、み、見えるぞ・・・?一人の女性として。」
だあああああああ!!恥ずかしい!!寝てなかったら言えなかったかもな・・・。
だが逃げてはいけない。ちゃんと言葉にする。
俺の意見が聞きたかったから、いちごはああやって話してくれたんだ。
「お前、面倒見良いだろ?この前の勉強会でも綾音と玖瑠未の勉強頑張って教えてくれてて。ありがとなあの時は。特に綾音の面倒を見てくれたのは、ホントに助かったよ。そういう面倒見がよくて、実は優しいとこ、好きな男はいっぱいいるだろうな。あと、それに、ほら、可愛いしな。」
ちゃんとありがとうと感謝を伝えられる、ごめんなさいと謝罪ができる、それは一見簡単で当たり前のことに見えるが、ちゃんと心を込めて言えない人がほとんどだ。
対していちごはしっかり心を込めて伝えられる。心優しい人間にしかできないことだ。
「まあ、なんだ?低身長とかあんま気にしなくていいぞ。大体、低身長だからってお前を拒否するやつとか馬鹿な男に違いねえよ。そんな馬鹿にお前はもったいない。って今のはさすがにキモかったか・・・。まあ、寝てるからいっか。」
テスト勉強の疲労と深夜テンションで少しらしくないことを言ってしまった。
「もう一生聞き逃したりしねえから、今回のことは許してくれ。」
かなり一方的だが、これでいい。
これは鈍感野郎にはできない、敏感野郎にしか、俺にしかできないことだ。
俺が気づかなかったせいで、気づけなかったせいで誰かを傷つけるなんてのはもう嫌だ。
「お前がうるさいから今夜はこの部屋で寝させてもらうわ。綾音にも怒られそうだし・・・。しかし大丈夫だ。この部屋の中でもお前と一番離れたとこに寝るから安心しろ。」
寝室と言ってもかなり広い。
いちごに異変が起きて、違う部屋で寝てたので気づけなかったというのは今日俺がここにいる意味がない。
「じゃあ、おやすみ。また明日な。」
小さな声で挨拶をし、布団に入る。
やっぱり明日、端的にでも答えた方がいいかもな。
恥ずかしい言葉は無しにして。
そうこう考えているうちにいつの間にか俺は眠りについていた。
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