第25.5話 こいつは私の看病をしたいがゆえに泊まるのだそう。

中間テストが終わり、私には穏やかな休日が待っている。

はずだった―――


「もう!なんで風邪なんかひいちゃうのよ!!」

土曜の朝、体温を測ってみたところ、38度越えの高熱。

理由は分かっていた。

昨日までのテスト期間での精神的疲弊に加え、昨日の夕方に突如振り出した大雨。

納豆が切れたので買い出しに行っていたのだが、帰り道のにわか雨によってぐしょ濡れとなった。すぐにお風呂に入ればよかったのだが、観たかったテレビがあったので、それをぐしょ濡れ状態で観てから、お風呂に入った。

それが間違いだった。今になって後悔。

しかし、過去のことを悔いても仕方ない。

とりあえず、今日遊ぶ予定だった綾音に謝罪とキャンセルのメッセージを送らなければ。


「ごめん、熱が出ちゃったから、今日遊びに行けない。埋め合わせはまたするね。これでよし。」

送信。

黒川綾音、鬼の速さで既読からの返信。

『了解しましたー!いちごテストお疲れだったもんねー。今日くらいゆっくり休みなー!また遊ぼ!』

ほんと、いい友達を持ったものだ。

言葉に甘えて、とりあえず午前中は寝ていよう。


午後4時。

私は目を覚ました。

「少し、いや、かなり寝すぎた・・・」

よっぽど疲弊していたのか、あれから夕方まで寝ていた。

かなり体は楽になった。

熱を測ってみる。

37.0度

我ながら凄い。

一気にこんなに下がるとは。

私は元々風邪をあまり引かない。

最後に風邪ひいたのいつと聞かれても答えられないくらい前である程。

だからテレビも優先した。


最近身体の調子がおかしいのだ。

ここ一週間ずっと。

あいつの家で、あいつと一緒に寝たあたりからどうもおかしい。

「もう、何なのよこれ!」

形容しがたい気持ちだ。


「ん?」

綾音からメッセージだ。

『いちご、そろそろ起きたでしょ?』

「こ、怖っ!」

ちょうど今まさに起きたところである。どこかで監視されているのではと、部屋をきょろきょろ。

『熱は?』

「下がってきたよ。」

『良かった。ねえ、お見舞い行っていい?』

嬉しいが、来てくれた綾音にうつしてしまうかもしれない。

それは申し訳ない。

「大丈夫よ。もう大したことないから。」

『大したことないなら行っていいじゃん!私行きたいから行くね!いい!?』

文字からでも伝わるうるささ。

こうなった綾音はもう止められない。

「どうしてもっていうならもう止めないわ。でもうつっても文句言わないでよね?」

『はーい!今から行くねー!お楽しみにー!』

まったく騒がしいやつ。

でもやっぱり、綾音は私を元気にさせてくれる。

ホントいい友達だな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


前言撤回。

全然いい友達じゃない。

私の部屋には私と綾音の二人。

のはずだったんだけど――

「ちょっと綾音どういうこと?!なんでこいつがいるのよ!」

綾音の兄、黒川駿までいる。

「まあまあいいじゃんいいじゃん。」

いや良くない!そういい返そうとしたとき。

「てか、風邪ひいたらお見舞い来てって言ってたのいちごだよ?」

あ。

そう言えばそういった気がする。

「あ、あれは言葉のあやというか、その場の空気でというかで言っちゃっただけだし!」

そう、皆が言ってたから流れで言っただけ。

ホントにそう思ってるわけない。

「あれれ~ほんとかな~?」

ホント。心読めちゃうくらい観察力のある綾音ならわかってるはずだよ。

病み上がりに意地悪するな。

文句を言ってやろうかと思ったその時、私の耳元で綾音が囁いた。

「じゃあ、お兄ちゃん帰らせちゃうよ?」

「え?」

チクリ。

何故か胸が痛む。

寂しさ?悲しさ?どうして痛むの?わからない。

「べ、別にいいわよ・・・!」

そう、別にいい。

この男のことなんてなんとも思ってないし、本来ならば綾音と二人だったんだから。

「へぇ、じゃあ・・・お兄ちゃん!もうか―――」

そうそう、早く帰りなさい。

「あ!ちょっとあんた!のど乾いたわ!ちょっとお茶持ってきて!」

あれ?私今何て・・・?

気づけば口が勝手に動いていた。綾音の言葉を遮るように。

思ってもないことを言った。のどなんて別に乾いてないのに。

やっぱり、最近どこか調子が変だ。


あいつがお茶を取りに行ってる間、綾音が私に小さな声で話す。

「ねえ、どうして遮ったの?」

「そ、そんなつもりないし・・・?のど乾いちゃったからだし・・・」

「へえ・・・、ねえ、いい加減認めたら?」

「認める?何を?」

「お兄ちゃんのこと、気になってるでしょ。」

「え?」

私が、あいつのことを?

「ないないないない!何言ってんの!?馬鹿じゃん!?」

「ふふっ。これからの進展が楽しみだなあ。」

「だからなんもないって!」

「あ、そろそろお兄ちゃん帰ってくるから、静かにしなきゃ、意識してるのバレるよ?」

「っ!」

ホントにあいつのことなんか意識してるわけない。そう、してるわけないんだ。

しかし、勘違いされるのも嫌だ。

そう、勘違いされたくない。だから、黙る。


「はい、お茶だ。」

「あ、ありがと・・・」

そう、何もない!平然よ。

「いちご、熱はあるのか?」

私の目を見る。

まっすぐ。ホントに私を心配しているような目で。

辞めて。そんな目で見ないで。

「少し、ね・・。微熱程度よ。」

「微熱?」

やっぱり変。目を見てるだけなのに鼓動が早くなる。

顔が熱くなる。

やっぱり、私こいつの事少しは・・・

いやいやいや、違う。熱が上がって来ただけ。

だからこの二人にはもう帰ってもらわなきゃ。うつしちゃまずい。

熱が上がって来たみたいだからもう帰っていいわ。そう言おうとしたとき。

「強がってないか?どれどれ・・・」

額に手を当てられる。

その瞬間、私の鼓動はますます早くなって、熱も高く―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


私は高熱倒れ、二人は看病をしてくれた。

いつの間にこんなに弱い体になっちゃったのやら。

一人暮らしだからと言って、綾音は帰り、こいつは私の看病をしたいがゆえに泊まるのだそう。

私が心配だったみたいだから、止む無く泊めてあげることにした。

ホントは嫌だけど、仕方なく。

世話焼きなところ、流石兄妹。


この兄は料理を作ってくれた。

はっきり言って美味しかった。私の納豆ご飯に劣らないくらいにはね。

料理だけでなく、お風呂の準備や掃除まで。

こいつって、こんなに優しかったっけ。

いつもより優しいこいつに、調子の悪い私。

だから、変な事を言ってしまった。

「こんなちっちゃい私のことそういう目どころか、女の子として見れないよね・・・」

「え?」

聞こえていなかったようだ。

良かった。

熱のせいで変な事を思わず口にしてしまった。

しかし、なぜだか心のどこかで少し虚しさが残った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ね、ねえ、あんた。今日は私の面倒を見るためにここにいるんでしょ?じゃあ、私が寝付くまで近くにいなさいよ・・・!何ならこの部屋で寝てもいいわよ?いや、この部屋で寝なさい!べ、別にお化けが怖いとかないから!」

そうお化けなんて怖くない。

私を心配してここにいるのだ。なら、私の様態の異変にすぐ気づけた方が良い。

大事なことだから2回言うけど、別にお化けが怖いとかじゃない。

いつもぬいぐるみ抱きしめて寝てなんかないし。

「ねえ、私まだ起きてるから。寝てないから。まだ寝ちゃだめよ。」

何故か寝れない。

また鼓動が早い。

でも、いつまでも起きてたらこいつも寝れなくなる。

だから私は寝たふりをすることにした。

睡眠不足でこいつの免疫力が低下して、風邪うつすのも綾音に悪いし。そう、綾音に。


「寝てるときに言うのなんてずるいよな・・・」

え?何を?

気になる。だからこそ寝た私に言いたいことなのだから、寝たふりを続ける。

「まず、いちご。ごめんな。ホントはさっきのキッチンでのいちごの話、聞こえてたんだ。」

ええええええええ!!!?

思わず声が出そうになったが、ぐっとこらえる。

てか、謝んなくていいのに。

「お前、自分がちっちゃいから、女性として見られないって言ってただろ?すぐ答えるべきだったんだが、どうにもうまい言葉が見つからなくて、パニックになっちゃってな。」

まあ、いきなり変な事言った私が悪いんだけどね。

てか、ずっとその返す言葉考えてたわけ?どこまで馬鹿なのよ。

―――見つかったのかな。答え。

何でだろう。聞いたくせに返事を聞くのがちょっと怖いや。

もしこいつがいいえと言ったら。

って何考えてるのよ私。こいつの気持ちとかどうでもいいじゃん!

「結論から言うと、み、見えるぞ・・・?一人の女性として。」

え?

こいつ、見てるの?見てくれてるの?

私の中にあった不安はさっぱり消えていた。

そのかわりに暖かい何かが込み上げてきた。


それからこいつは私のいいところわたくさん挙げて褒めてくれた。

これでもかってくらい。もういいよってくらい。

素敵な女性って言ってくれた。

こんな私のことを。素直になれない、当たりがきつい私のことを。

こんなのずるい。

寝てると思ってこんなに一方的に。いっぱい。


ああ、なんだそういうことか。

ここ最近調子が悪かった理由。


こいつの顔を想像する。

また体温が上がったのが分かる。

今度はこの理由ははっきりと分かった。熱なんかじゃないみたい。


勉強会の日の夜。

ありのままの私でいいって言ってくれた。こんなめんどくさい性格を受け入れてくれた。気を遣わなくていいって言ってくれた。


こんな私に愛想つかず、気軽に接してくれて、話してくれて。


これが、恋か。

私、こいつに惚れっちゃったんだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もう!いつまで寝てんのよ!起きなさいよ!」

「え・・・?あっ、ああ・・・おはよ・・・」

「朝ごはん、出来てるわよ。」

「え?朝ごはん?作ってくれたのか?」

「作ってあげたわよ。一緒に食べよ!今日は『いちご特製納豆ご飯』!だよ!駿兄!」


青山いちご。どうやら高校1年生にして、に初恋してしまったようです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る