第二話 ①


アイツは時折、夢の中で俺にしゃべり掛けてくるんだ。


「最近、調子はどうだ」って。


「みんなは元気にしているか」って。


俺は答える。


「普通」と。


そしたらアイツはいつも満面の笑みで「ありがとう」って言い残し、去っていく。





母はあまりにもあっけなく死んだ。


死因は心筋梗塞だという。


誰も予期しなかったらしい。


ソファに座る俺に、綾は説明する。


目の前にあるのは数時間前まで母が座っていたこたつ。


いまにもただいまと帰ってくるような気がしてならない。


それだけ死の実感がないということなのだろうか。


「お医者さんが、あと一時間早かったら助かってたかもしれないって」


綾はいつも部活のため、帰りが六時ごろになる。


でも、昨日はどうしようもなかった。


帰れるはずがなかったんだ。


だから母の死は避けられなかったんだ。


「なんで電話でなかったの」


電話?


電話。昨日かかってきた電話。


あの電話は……。


かかってきたのは六時より前だった。


綾はいつもより早く帰宅していた。





「どうでもいいんだよ‼あんな奴‼」


叫ぶ。


階段を駆け上がる。


妙に長く感じるその時間が、うるさい足音が、さらに苛立てる。



逃げるように自室に駆け込み、そこに座り込んだ。


「……くそ」


昨日、ここを出るときに母が言った言葉。


俺が無視した言葉。


でも完全に耳に入ってきた。




「———早く帰ってきてね」




俺は暴れた。


服を蹴散らし、椅子を倒す。


机の上のものを払い落とし、枕を投げ飛ばす。


どこにぶつければいいかわからない苛立ち。


もう取り返しのつかないという事実が気に入らなかった。


もうどうしようもないと考える自分が気に食わなかった。


力の限り暴れまくり力尽きて座り込む。



そして俺は眠りにつくのだった。




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