捻くれ男子と、堅物女子

早川

ちなみに、捻くれ男子は甘党だ。

2月14日。


 俺はこの日が嫌いだ。


 何でかって?そんなん分かりきったことだろう。世間はバレンタインデーだのチョコレートがどうだのと浮かれ、男は「興味ないですけど?」というていを装いながらそわそわしているのが手に取るようにわかり、女は女で「〇〇くんとー、△△くんにはちょい本命っぽいのあげてー」など明らかにお返し目当ての発言を堂々と宣うやからがいる始末。


 全く、どいつもこいつもお菓子会社の陰謀に振り回されすぎ……


 …………。


 いやこの話は止めておこう、背中にゾクリと悪寒が走った。


 まぁ?非モテ陰キャの俺には関係のない話なんだがな?なんてしゃに構えながらも少しだけ、本当にほんの少しだけ期待してしまっている自分がいるのに辟易へきえきとしながら朝の通学路を歩く。


 学校に近づいたことで見知った顔も増え、そんな奴らに軽く朝の挨拶をしていると後ろから勢いの良い足音が聞こえてきた。


「ケーイ、おっはよー!!」


 の声とともにこちらへ飛び込んでくる小さな影を俺は横にズレることで躱す。たたらを踏むそいつを見つつ、俺は呆れながら言った。


「お前なぁ、毎朝毎朝とびついてくるのはやめろって言ってんだろ?」


「えー、いっつも辛気臭いオーラを纏いながら寂しそうに歩いてるケイに元気を分けてあげてんじゃん!優しさだよ優しさ!」


 そう振り返りながら満面の笑みで幼馴染であるかおるがいう。かおるという名に小さい風貌が拍車を掛け女に間違えられることが多いが、とても残念なことに薫は男だ。これが女だったなら俺の青春も、もっと華やかな…いや、それはないか…。そんなくだらないことを考えていると目の前に薫の顔があった。


「まーた目つき悪い顔になってるぅ。もっとニコニコ笑顔で居ないと幸せも逃げてっちゃうよ?」


「うるせぇ。この目つきは生まれつきだ。大体、俺はそこそこ幸せに生きてるんだからほっとけ」


 目の前に立つ幼馴染を押しのけ、それでもまとわりついてくる薫を軽くあしらいながら二人連れ立って通学路を歩く。

 

 それだけだ、それだけなのに横にいる薫の鞄にはどんどんとチョコレートが増えていく。


「薫くーん!こ、これ…よかったら食べて!」


「わー!ラッピングかわいいねぇ、ありがと!もしかしてだけど、これって手作り?」


「そ、そうなの!昨日リコに手伝ってもらいながら一生懸命作ったんだ!味は…薫くんに気に入ってもらえるか心配だけど…」


「ううん!おうち帰ったらちゃんといただくね!明日感想言うから、またあしたね!」


 そうにっこり笑いかけるだけでチョコレートを渡した女子をぽーっと上の空にしてしまう。そう、薫はモテるのだ。俺とは違ってそれはもう驚くほどおモテになる…。

 くそっ!家が隣で昔から一緒に遊んでいたのにどこでこんなに差がついた…!やっぱり顔か!顔なのか!?


 1人打ちひしがれているとふと視線を感じた。不思議に思って辺りを見回すと見知った顔と目が合った。

 その瞬間にその相手は顔を赤くし、慌てて走って行ってしまう。


 あの反応、もしかして…。


 …いや、どうせ薫目当ての子だろう。俺みたいな目つきの悪い陰気な男にあんな反応をする子がいるわけあるまい。

 その後も薫目当ての女子に声を掛けられては立ち止まりを繰り返しながら学校へ向かった。


 §


 学校へ着くとクラスが別の薫とは昇降口で別れた。


「くそっ!薫のやつに付き合ってるんじゃなかったもう!」


 そう小さく毒づく。あの後も何人かから(薫が)声を掛けられていた為割と遅刻ギリギリだったりする。慌てながら自分の下駄箱を開け、上履きを取り出そうとして固まった。


 なぜならそこには見慣れない、綺麗にラッピングされた可愛い箱が入っていたからだ。


 まさか間違えて他の場所を開けてしまったか?そう思い下駄箱の扉に書かれた名前を改めて確認する。


那珂ノ宮なかのみや 慧介けいすけ


 いや間違いない、ここは俺の下駄箱だ。何だ?何かの罰ゲームか?


 遅刻ギリギリなことも忘れ、俺はその場で思案する。誰かが間違えて俺のところに入れたか?とも思ったが俺の名前が書かれた手紙がリボンに挟み込まれてるのを考えるとそれもないだろう…。


 …一先ひとまず差出人の名前がないか確認しよう。


 手紙をリボンから抜き取り、裏返して差出人の名前が書かれていないか確認するが、やはりというか、何も書かれていなかった。仕方ない…持っていかないわけにも行かないだろう。

 周りに誰もいないかを見回して確認すると、慎重にかつ素早く箱を鞄の中へとしまい込んで教室へと向かった。


 ちなみに、ホームルームには間に合わず担任に怒られた。


 §


 担任からの軽いお説教が終わり一限目の準備のため席へ戻ると、背が高いのに前の席にいるせいでいつも俺の視界を遮る友人A、穂高ほだかが声を掛けてくる。


「朝から災難だったな。またいつもの"アレ"か?」


 声を掛けられたことに内心ドキっとするが、動揺しないよう努めながら平静を装って受け答えを返す。

 ちなみにいつもの"アレ"とは登校時の薫のことである。


「あぁ、いつもの"アレ"だよ…。全く…薫には困ったもんだよ」


「そんな困ってるなら置いてくりゃいいのに」


「それすると後で拗ねて大変なんだって…」


 そう言うと穂高は察したようで、苦笑を浮かべながら賛同の意を示す。


「あー…、そういやそうだったな。休み時間のたびにここ来て無言で机にずっとかじりついてるもんな…」


 休み時間の度に「帰りは絶対に逃さない」と言わんばかりに恨みのこもった視線をこちらへよこしてくるのである。そしてその周りには薫目当ての女子が集まるから居心地が悪いことこの上ない。

 トイレへ逃げようとも結局そこまで付いてくるので、そんな事態に陥るよりかは遅刻ギリギリでも構わないから薫に付き合うほうが幾分か楽なのだ。


 そうして駄弁っていると教室の前の扉が開き、眼鏡を掛け、温和そうな初老の男性教諭が入ってくる。一時間目は国語だったか。この先生、授業はわかりやすいし質問にも丁寧に答えてくれるからとてもいい先生なんだけど、優しい声音でゆっくり話すからまるで子守唄のように聞こえてくるんだよな。

 ただ授業中に寝ると後で委員長から「授業中に寝ている生徒が視界に入ると授業に集中できない」等という理由からお叱りを受けるので、寝るわけにもいかない。委員長の席、俺より前なのに何で寝ている俺が視界に入るんだろうな?なんて疑問もあるが、実際寝ている俺に非があるので言い訳せずに授業を受けるとしようか。


 §


 授業終了のチャイムが鳴り響き、午前最後の授業を受け持っていた教師が出ていく。

 さて、今まで先送りにしていたがそろそろあのチョコと向き合わなくてはなるまい。手紙までもらったのに読まないわけにもいかないからな。

 いつも通り薫が教室に迎えに来るが「トイレ行くから先行っといてくれ」と俺の弁当を渡して先に校舎裏のいつもの場所に行っててもらう。例え親友で幼馴染だとしてもこの手紙を見られるのはなんというか、むず痒い。

 

 薫は「待っといてあげるから、早く来てねー」なんて言いながらるんるんに歩いていった。…本当に何であいつ男なんだよ…なんてことを考えながら俺は職員用のトイレへ向かう。ここなら万に一つも他生徒が使っていることもあるまい。まぁ教師に見つかったら注意はされることになるのだが。


 周りに教師が居ないことを確認してから個室へと入り、手紙をポケットから取り出す。震える手で手紙の封を開き、中に入っている便箋を取り出して広げる。特に目立つとこのない、綺麗な白い便箋に小さく綺麗な文字で短く


 『放課後、教室で待っています。』


 の一文だけ書かれていた。


 日付は書かれていないが、間違いなく今日の放課後で間違いないだろう。手紙を読むまではイタズラかとも思ったが、不思議と手紙を見ているとそんな気はしてこない。


「となると、行かないわけにはいかないよなぁ…」


 誰だかはわからないが、折角勇気を出して俺にチョコを渡してくれたんだ。俺が臆病風に吹かれてそのまま帰るのは違うだろう。

 俺は手紙を丁寧に畳んでしまい、薫のところへと向かうことにした。


 ちなみに、トイレを出るときに担任教師とばったり出くわしお小言をもらった。


 §


 校舎裏へ向かうと階段に腰掛け携帯をいじっていた薫が俺に気づいて苦情をぶつけてきた。


「もう!ケイ遅いよ!これは罰として僕におかず一品分けてもらうしかないね!」


「あー…、悪かったな。しゃーないから好きなもん持ってっていいぞ」


「ん?今日はやけに素直だね?いつもは『俺の午後の活力を奪うのはやめろ!』って食い意地張って全力で守ろうとするのに。もしかしてケイ、チョコでも貰った?」


 …どうしてこういうところだけ無駄に鋭いんだこいつは。

 いや、薫なら誰彼構わず言いふらすこともないだろうし、ましてや馬鹿にしたり茶化したりもしないのはわかっているから、話すこと自体は構わないんだが…。なんていうか、そういうのとは別方向で面倒くさくなる気がする。まぁ、どの道帰りが別になるって言わなきゃいけなかったし、下手な嘘つくより馬鹿正直に話してしまったほうがいいか…。


「…そうだよ。朝、下駄箱に入ってた。それで」


「えー!?本当なの!?えっ、えっ、一体誰から!!誰からなの!?」


「落ち着け!!まずは俺の話を聞け!!」


 興奮した様子でこちらへ迫りくる薫を宥めつつも俺は話を再開する。


「誰からってのは…わからない。けど『放課後、校舎裏で待ってます。』って手紙が付いてたんだ。読んだ限りイタズラではなさそうだし、行ってみようと…思う。…だから今日は先に帰ってくれ」


 一度なだめてから大人しく聞いていた薫だったが、聞き終わると俺にぐいぐい詰め寄ってきた。


「やっとケイの良さに気づいてくれる人が現れたんだね!!うん、僕は二人の仲を祝福するよ!!」


「いや、待て。それは俺が付き合うことを了承する前提で話してるよな?そもそも呼び出されただけで、告白されると決まったわけじゃないぞ?」


「いやいやいや!バレンタインに下駄箱にチョコ入れて手紙で呼び出しだなんて!イタズラじゃなかったら告白しかないって!イタズラじゃなかったら!」


「イタズラを強調するな!」


「あはは!大丈夫だって!ケイがイタズラじゃないって思ったんでしょ?なら絶対イタズラじゃないってば!もし、万が一にもイタズラだったら僕が慰めてあげよう!」


「いや、いらんわ」


 と真顔で返すと「えー、なんでよー」と肩を揺すってくる薫を適当にあしらいつつも、優しい幼馴染に俺は心のなかで感謝をした。


 §


 昼食後の最初の授業は理科。実験のために移動教室だったので、俺は穂高と最近発売されたRPGロールプレイングゲームについて話しながら歩いていた。俺も穂高もその作品のシリーズが好きで、時折ファーストフード店で攻略談義をするほどにはお互いゲームをやり込んでいた。

 

「そういや慧介、お前それ表紙に『数学』って書かれてるけどいいのか?」


 話しながら歩いているとふいに穂高がそんなことを言ってきた。


「え?」と思い確認すると、本当に数学と書かれていた。理系教科は紫色!なんて言って統一していたせいで取り間違えたようだ。


「いや、よくねぇわ…。ダッシュで取り戻るから、これだけ先持ってっといてくれ」


 そう言って教科書と筆記用具を穂高に渡して俺は教室へ急いで戻った。


「最悪遅れたら先生には事情説明しといてやるよー」


 後ろからそんな穂高の声が聞こえたので俺は振り返らずに手を上げた。


 §


 教室へ戻ると驚くことに先客がいた。いや、この場合先客っていうのはおかしい気もするが。机をごそごそと漁っているせいで顔が見えないが、恐らく委員長だろう。その委員長が何で俺の席を漁っているのかは疑問なのだが。


「委員長、何か俺の席に探しもの?」


 そう声を掛けるとビクッ!としながら委員長がボブカットで切り揃えられた髪を揺らしながら顔を上げた。眼鏡越しにも俺に負けずとも劣らない目つきでこちらを見る委員長、峯岸彩みねぎしあやがそこにはいた。


「な、那珂ノ宮!あ、あんた何で!」


「いや、ノート取り違えちゃってさ。取りに戻ってきたんだよね。それより委員長、俺の席に何か用事?」


 人の席を漁ってイタズラやいじめなんかをやらない性格なだけに何をしているのかが気になって聞いてみた。


「あー…えっと…。あっ!ここ那珂ノ宮の席だったのネー!わ、私気づかなかったナー!眼鏡の度が合ってないのカシラー」


「いや、委員長の席俺と随分遠いから間違うことはないと思うんだけど…。まぁいいか。ちょっとどいてもらって大丈夫?ノート取りたいからさ」


 明らかに挙動不審で棒読みなセリフだったけど、言いたくないことなんだろう。あの真面目な委員長が変なことをしていたとも思えないので俺はスルーすることにした。


「う、うん。…間違えちゃって、ごめんなさい」


「いや、いいって。それより眼鏡の度が合ってないって大丈夫か?そういうのってずっと掛けてると頭痛がしたりするんだろ?」


「だ、だ、だ、大丈夫よ、…ありがとうね」


 顔を赤くし、俯きながら小さな声でお礼を言ってくる委員長。なんだろう、いつも堂々としているのにどうして今日はこんなに挙動不審なんだろう。…まぁ言いたくなさそうだし詮索はしないが。


「委員長も何か忘れ物?」


「そ、そんなところ」


「普段しっかりしててもたまにはそういうこともあるんだなぁ」


 なんて軽い気持ちでクスっと笑うと委員長は不安げに訪ねてきた。


「げ、幻滅…した?」


「え、なんで?むしろ普段そういうミスのない委員長にも人間らしいミスがあるんだなぁって何だか親近感を覚えたよ」


 そう言うと委員長は更に赤くなり縮こまってしまった。と思ったら意を決したように顔を上げ、俺に聞いてきた。


「あ、あのさ!那珂ノ宮は、甘いもの…好き…だったり…する、かな…」


 意を決したと思ったら語尾が段々小さくなっていったが、まぁ大凡聞き取れたから問題ないだろう。


「甘いものか?そうだな、某ファーストフード店に行ったら毎回アップルパイ買うくらいには好きだぞ?」


 糖分は脳の栄養にもなるしな。


「そっか…よかった…」


 何やら胸をほっとなでおろしている委員長を横目に時間を確認すると


『キーンコーンカーンコーン』


「「あっ…」」


 俺と委員長は顔を見合わせながら同時にそう言葉を漏らした。

 ちなみに、理科の担当教師から二人揃ってこっぴどく叱られた。


 §


 授業がすべて終わり清掃の時間になり、俺は穂高と駄弁りながら昇降口の清掃をしていた。なんだろう、今日は何だかこの場所に縁がある気がする。朝のことを意識しないようにしながら箒を動かす。


「そういや今日バレンタインだけど、ギャルゲーとかだとこういう下駄箱にチョコレート入れてたりってよくあるよな。あれって衛生観念的にどうなんかね?」


 穂高がそんなことを急に言うもんだから俺はむせ返ってしまった。


「ゴホッゴホッ!」


「うわっ!…大丈夫か?」


「だ、大丈夫。けど、何だよ急にそんな話しして」


「いや、な。実際にチョコ貰ったりしてみるとギャルゲーみたいな展開ってねーんだなぁってふと思ってな」


「お?何だ?自慢か?」


 背が高くて顔もいい。そして運動神経良好。バスケ部でそこそこ活躍していることもあり穂高もそこそこモテるのである。あれ、俺の周りってモテ男子多くね?何で俺だけこんななの?…悲しくなってきた。


「そんなんじゃねーって。そういうゲームみたいな展開に憧れてるってだけでさ」


「いやいやいや!お前のモテ方はゲームみたいだろうよ!まさに主人公じゃねーか!贅沢な悩みしやがって!」


「慧介だって素材はいいんだから、前髪切って愛想よくすりゃ彼女くらいできると思うぞ?」


「…この目つきでできるとは思えない」


「はぁ。ま、本人にその気がないなら無理にそうしろって言う気もないけどな」


 それ以降は互いに黙々と掃除をした。この後のことを考えてそわそわしながら―。


 §


 HRも終わり生徒が帰っていく中、穂高がこちらを振り返って聞いてきた。


「いつもはすぐに迎えに来る角倉すみくらがこないなんて珍しいな?なに、喧嘩でもした?」


 角倉すみくらとは薫のことだ。


「いや、今日はちょっと用があるから先に帰ってもらっててな」


「ふーん、そっか。んじゃ俺は部活行くわ。また明日な」


「おう。また明日」


 そうして穂高を部活に送り出してから三十分後。気持ちを落ち着けるために本を読んでいて気づかなかったが、気づけば教室には俺一人になっていた。…あれ?


「…いや、放課後ってだけで時間は決まってなかったから」


 何かあったのだろうか?それとも、やっぱり誰かのイタズラだったのか?実はどっかから誰かが今の俺の状況を撮影してたりしないよな?そう思って教室内を見回すが特に誰かが隠れているって様子もなかった。代わりに委員長の荷物が残っていることに気づいた。…まさか委員長なのか?なんて思うが「それはないな」と思い直す。


 委員長はその真面目な性格からか、担任からちょくちょく放課後に手伝いを頼まれることがあるのだ。薫を待つときにたまに俺も手伝ったりしていたから、きっと今日もそうなのだろう。


「仕方ない。これ読み終わったら帰るか」


 いつまでも待つわけにもいかないだろうと、自分の中で区切りを決め読書を再開しようとしたところで廊下を駆ける足音が聞こえる。それが自分の居る教室の前辺りで止まったので何だろうと、本から顔を上げる。


「委員長が戻ってきたか?」

 

 程なくして教室の扉が開き、予想していた人物が肩で息をしながら入ってきた。よほど急いで居たのか、顔がほんのり赤くなっている。真面目な委員長が廊下を走るなんて珍しいこともあるんだな、なんて考えながら委員長を見ていると目が合った。

 そのまま委員長と見つめあっていると、声を掛けられた。


「那珂ノ宮、待たせてごめんなさい」


 それは想定外のセリフで、その言葉が何を意味しているか理解するまで呆然としてしまい、怪訝そうに委員長から再度声を掛けられたことで我に返った。


「…那珂ノ宮?どうしたの?」


「え、あ、いや、待たせてごめんってことは…あの手紙は、委員長が…?」


「そうだけど…。あれ、私の名前…もしかして、書いてなかった?」


 俺はその言葉に動揺しながら頷くと途端に委員長はしどろもどろになった。


「ご、ごめんなさい!その、誰からもらったのかわからない手紙なのに…よく待っててくれたね…?」


 そんな委員長を見ていたせいか、不思議と俺は落ち着いてきていた。


「あー、うん。何ていうかな。あの手紙、とっても真剣に書いてくれたんだなっていうのが伝わってきたっていうか…」


 自分で言ってて臭いとも思うが、こうとしか言いようがないんだから仕方がない。


「そ、そっか…。えっと、名前もだけど、こんなに待たせちゃって、ごめんね…?」


「だ、大丈夫。いつもみたいに、手伝いしてたんだろ?声掛けてくれればよかったのに」


「いやいや!待たせてるだけでも申し訳ないのに、手伝いなんてさせられないって!それに…手紙とチョコ渡した相手が直ぐ側にいると思うと…緊張しちゃって手伝いどころじゃないし…」


 折角落ち着いていた気持ちが、その言葉で一気に緊張が俺の身体を支配した。そしてそのまま二人して顔を赤くしたまま俯いて黙りこくってしまう。


 どれくらいそうしていただろう。体感は長く感じたが五分も経っていない気もする。このまま黙っているわけにもいかないだろうと、口を開いた。


「「あ、あの!」」


 すると委員長も同じことを思っていたのか、同時に口を開いた。


「あ、い、委員長から先どうぞ」


「いや、那珂ノ宮から…話して」


「いやほら、レディーファーストっていうし」


「いやいや!こういうのは男から言うもんでしょ!」


 なんて言い合っていると何だかおかしくて、二人して吹き出してしまう。


「そういや、五限目にも似たようなことあったな」


「あー…。あの時は散々だったよ…。先生には怒られるし、那珂ノ宮には変な姿みられるし…」


「あ、そうだよ。あのとき俺の机で何探してたんだ?」


 そう聞くと何だか言いづらそうに目を逸らす委員長。


「いや、無理に聞く気もないんだけどな?ちょっと気になってさ」


「えっとー…、…聞いても、笑わない?」


「それは内容によるな」


「…はぁー。えっとね…那珂ノ宮の下駄箱に入れたチョコなんだけどー…あれね、失敗しちゃったやつ…なんだ…。あ!味は大丈夫だよ!?ただ、ね?ちょっと形が…あはは」


 なんて、誤魔化すように委員長は笑った。


咲良友達にでも渡そうと思ってラッピングしてきたんだけどさ。朝、慌ててたせいで入れ間違えちゃってさ…」


「…それで移動教室で居なくなった隙に交換しようとしてた?」


「…うん」


「委員長ってさ」


「うん?」


「案外そそっかしいところあるのな」


「ちょ!それどういう意味よ!」


「あはは!ごめん、悪い意味じゃなくてさ。すごく真面目でそういうミスがない人だと思ってたから、意外な一面っていうかさ。可愛いところあるんだなって…思って…」


 自然とそんな言葉が出てきてしまったが、ふと何を言ってるんだと思い返し、途端に顔が熱くなってきた。委員長を見ると委員長も顔を真っ赤にしている。


「あー…、チョコだったよな。鞄入ってるからちょっとまって…」


「那珂ノ宮!」


 鞄からチョコを取り出そうとすると名前を呼ばれる。


「私、私ね!那珂ノ宮のことがっ!…す、き…。好き!好きなの!」


 真っ赤な顔を更に赤くしながら委員長が叫ぶ。その言葉に俺は鞄からチョコを取り出そうとした姿勢で固まってしまう。我ながらなんともアホな告白な受け方である。一度言ったからかその勢いのまま委員長は続ける。


「き、急にこんなこと言われても困るよね!けどね、私ずっと好きだったの!那珂ノ宮の優しいとことか、けど変に捻くれてて素直じゃないとことか!…こじらせてて残念なところも…那珂ノ宮のことが全部ひっくるめて…大好き、なの…。ご、ごめんね!返事がほしいとかじゃなくて、私なりにけじめっていうのかな…。気持ちに整理、付けたくてさ…。 わ、私帰るね!チョコは捨てちゃっても大丈夫だから!」


 そこまで一気に言い切って委員長は踵を返して帰ろうとする。振り返る直前の委員長の顔は今にも泣きそうなほど目に涙を溜め込んでいて、そんな委員長の手首を俺は慌てて掴んだ。


「…言いたいだけ言って逃げるなんてずるいよ、委員長」


 正直言うとものすごく驚いて、けどそんな風に想ってもらえていることがとても嬉しくて、舞い上がりそうな気持ちを抑えて冷静になろうと深呼吸をする。


「まさか委員長が俺のことをその、す…好き…になってくれてるなんて思わなかったから、正直すごく驚いてる。それと同時にめっちゃ嬉しい。委員長が目の前に居なかったら今頃…俺はこの場で舞踊ってる」


 涙を溜めたままの目で見返される。


「あー…、こんなの男らしくないよな。俺もしっかり委員長に気持ち伝えるから、聞いて欲しい」


 意を決したような表情で頷く委員長。


「委員長。いや、峯岸彩さん。一目見たときから好きでした。俺と、付き合ってください」


 しばし呆然としていた委員長の目から涙が溢れた。


 突然のことに俺は慌てたが、握った手を引き委員長を抱き寄せて、委員長が落ち着くまでぎこちない手付きで背中をさすり続けた。


 §


 その後はなんというか、てんやわんやだった。


 実はこっそりと教室の後ろ扉からこちらを覗き見していた薫に盛大に祝福されたり、茶化されたり、委員長に薫がやきもち焼いたり、逆に委員長が薫にやきもち焼いたり…。それを俺が二人の間に立って宥めたり、と。


 ひとしきり三人で騒いだあと、「いつまでも邪魔しちゃ悪いよね。あとは二人でごゆっくり~」なんて言い残して薫は去っていった。


「何だったんだあいつは…」


「那珂ノ宮のこと心配だったんじゃない?ほら、角倉くんは那珂ノ宮のこと大好きじゃない?」


「なんつーか、そう言われると複雑だな…。あー、委員長―」


「彩」


「え?」


「委員長じゃなくて!名前で…彩って呼んで!…委員長はそもそも名前じゃないし!」


「あー…うん…」とそこで俺は深呼吸をする。


「あ、彩!」


「なぁに、慧介」


 首を傾げながら俺に微笑みかけてくる彩に俺は見惚れてしまう。余裕ぶって呼んでるように見せかけて彩は耳まで赤く染めている。いや、俺もきっと同じくらい赤くなっているんだろうが。

 いつまでも見惚れてるわけにもいかないと、俺は彩へ向かって手を差し出した。


「帰るか、彩」


「うん!」


 そうして俺たちは手を繋いで家路に着いた。


 ちなみに、チョコレートは二つとも俺が貰って食べた。

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捻くれ男子と、堅物女子 早川 @casketstar

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