第11話 広がる溝(後編)

「蒼君を待ってたんだ!」

早くも恋人のふりを引き受けたことを後悔した。

「なあ、蒼?」

「なんだ?光樹」

「なんで、女と待ち合わせをしてるんだ?」

女、というワードを強調してくる。それもそうだろう、女嫌いだってことを話してあるのだから。

小さくため息をついてから、先輩に問いかけた。

「先輩?話してもいいですか?」

「蒼君は光樹君と仲がいいの?」

「親友です。」

光樹がどう思っているかは知らないけど、と心の中でつぶやく。

「私から言うわ。私と蒼君は恋人━━━」

「まじか!蒼の女嫌いは嘘だったのか」

「━━━という関係を演じているのよ。」

よかった。蒼君から告白された、とか言いそうで内心びくびくしていた。


「話は分かった。これは広めない方がいいんですか?先輩。」

「演じていることは言っちゃダメ。」

「わかりました。」

駅を出てから、こうなった経緯を一通り光樹に話した。

「……」

「蒼君?大丈夫?」

「…先輩。一つ聞いてもいいですか?」

「まさか…、スリーサイズ?」

「あ、興味ないです。」

「お姉さん、少し傷ついた。」

話が進まなそうなので、無視をして切り出す。

「どうして、僕なんですか?」

「それは……」



あれから約一か月半。

「矢板先輩と仲良くやれよー(笑)」

顔を合わすたびに光樹にからかわれ、

「うわ、20人事件の人だ」

廊下や教室内ですれ違うたびに同級生から白い目で見られ、

「蒼君。矢板と付き合ってるんだね。」

笹部先輩には何度も確認され続け、疲労困憊だった……。



「蒼君、お待たせ。」

「別に待ってないです。」

期末考査も終わって夏休み、のはずなのになんで先輩と会ってるんだ?


「蒼君。」

廊下で矢板先輩に呼び止められる。

「なんですか?先輩。」

「期末考査の返却も終わって、明日から夏休みだから、デートしない?」

誰にもばれないようにため息をついてから

「いいですよ。先輩。」


以上、回想シーン終わり。


「最初にどこに行きますか?先輩。」

「そうね…。お昼ご飯でも食べますか。」

今日のデートは先輩に任せている。

「じゃあ、行きましょうか。」

歩き始めて数秒、違和感を感じた。


「先輩?どうしたんですか?」

「蒼君。手を繋がない?」

「いいですよ。」

先輩が遠慮なく、と言わんばかりに手を繋いでくる。

「それじゃあ、気を取り直して、いきますか!」

先輩はなぜか楽しそうだった。僕の気持ちも知らずに。


ファミレスに着き、中に入る。

蒼が頼んだのは、冷製パスタとフルーツ。

先輩が頼んだのは、ピザとドリンク。

三十分ほどで食べ終わり、会計をする。


次に向かったのは映画館。

どうしても見たい映画があるから、と先輩が言ってきたため、映画を見た。

内容は、主人公の兄がラノベ作家、妹がイラストレーター、というアニメだった。

しかし、先輩が手を重ねてきたりするので、それどころではなかった。


「時間的に次が最後ね。」

「そうですね。先輩。」

考え事をしながら、ほぼ無意識に答えていた。

そんな様子に気づいたのか、

「蒼君。どうしたの?」

「あ、最後は行きたいところがあるので、それでいいですか?」

「いいよ。」

向かったのは、海が見える公園。海風が心地よいと感じられる場所だ。


「蒼君。一学期の間、ありがとうね。」

隣に座った先輩がそう切り出す。

「本当ですよ。」

おかげで大変でした、と続けた。

「なんで蒼君は、私の嘘の演技に付き合ってくれたの?」

「なんででしょうかね。」

「ふふ。なにそれ。」

先輩が笑い出す。

「こう聞いたほうがよかったかもね。どうして蒼君は、女嫌いなのに嘘の演技をしてくれたの?」

風が収まるまで待ってから喋りだす。

「正直、先輩と関わることすら、最初は嫌でした。」

え、という顔でこちらを見てくる。だがそれには気づかないふりをして

「身に覚えもない噂を広められて、最初はものすごく頭に来たんです。」

「それは本当にごめんなさい。」

「クラスの奴からは、『本当に付き合ってるのか』と、しつこく聞かれましたよ。」

「……」

「でも、先輩が必死に頼み込んできたときに、わかった気がしたんです。」

「なにが?」

「先輩は少なくとも、悪い人ではないと、わかったんです。頼み込んできたときに、『ごめん』と『ありがとう』と『助けてほしい』と言ってきたので、助けてあげようかなと思ったんです。」

「そう、なんだね」

「嘘をつき始めてからも、先輩の姿を見て、この人なら大丈夫かな、と思えるようになれたんです。」

「……」

「女嫌いなのは変わらないですけど、先輩に対しての嫌悪感はなくなりました。この人なら、信頼できると思ったんです。」

そう言いながら思い出すことがあった。一か月ほど前、先輩に、どうして僕なのか、と聞いたときのことを。

「先輩はあの時、こう言ってました。『蒼君は、私のことを助けてくれると思ったから。』」

「そんなことを言ったわね。」

「一つ間違えれば、嫌われるかもしれないのに、頼ってくれて、少しうれしかったんです。あとぶっちゃけ、可愛いかったので。不細工だったら、助けてなかったと思います。」

「ふふ。面白いことを言うんだね。」

声を出して笑い出した先輩を見て、なごんだ気持ちになった。

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