第10話 広がる溝(中編)

「まさか、蒼君から会いに来てくれると思わなかった。」


頭に来ていた。男に振り回されるのはまだいい。でも女に振り回されるのはごめんだ。

「もともと僕に用があるみたいな言い方ですね。」

「うん。君に用があったからね!」

「で、何の用ですか。」

「それは、まだ言えない。」

なんなんだ。言うなら早く言ってくれよ。

言わないなら、あのことを問い詰めよう。

「先輩。」

「なに?蒼君。」

「なんで、なんで僕と付き合っているって嘘を周りの人に言ってるんですか!」

自分でも信じられないくらいに怒っている。そのせいか声が大きかった。

先輩が怯む。

「......」

「何か言ってくださいよ。」

「......」

「そうですか。分かりました。」

これ以上の話し合いは無駄と思い、話を切り上げその場を立ち去ろうとする。

服に違和感がある。後ろから引っ張られている。

「やめてください。先輩。」

先輩は俺の服を引っ張るのをやめた。

「服だけじゃないです。周りに嘘を言うのをやめてくださいよ。先輩、人がそういうのすると怒る癖に、自分はいいんですか?」

「......ラインを交換してほしい......。」

小さい声でぼそっと何かを言っていた。

「なんですか?大きい声で言ってくださいよ。」

「ラインを、交換、してほしい!」

びっくりするくらいの大声だった。話がつながっていない。蒼は、低く冷え切った声で返した。

「嫌です。迷惑を被っているので。」

「LINEを交換してくれれば、なんでこんなことしたか話す。」

出た、一番嫌いな"交換条件"。普通に話してほしいんだけど。

「わかりました。スマホ出してください。」

諦めた。ここで言い争って何も進展が得られないより、LINEで理由を聞いたほうが進展を得られるだろう、考えた。


「ありがとう、蒼君。それと、ごめんね。」

「これ以上、ああいうことはやめてください。分かりましたか。」

「......」

また黙るのか。もういい。帰ろう。時雨が待っている。

「時雨が待ってるので帰りますね。さようなら。」

冷たくあしらう。先輩は動かない。少し罪悪感が芽生えたが、お互いさま、と無理やり納得し、そのまま帰宅した。


「ごめん、時雨。遅くなった。」

帰宅して、すぐに時雨に謝る。

その後、急いで着替え、お風呂を沸かし、夕飯を作り、テスト勉強をしたりと、大忙しだった。

先輩からのLINEも気づかないほどに……。


翌日、いつもの電車の中で、光樹と話していた。

「蒼、昨日あの後どうなったんだ。」

「先輩と、ラインを交換した。」

「は?お前、女子と交換したのか?」

「ああ。なんでこんなことをしたか話すからって。」

「なんだそりゃ。」

「結局、話してくれないし。」

学校に着くまで光樹と、先輩が何のためにこんなことをしたのか、一緒に考えていた。


「結局、思いつかなかったな。」

席に着き、独り言を漏らす。

「どうしたの、蒼君。悩みごと?」

「ああ、少しな。」

朝霞が心配そうにこちらを見ている。教える気はないのだが。

「あ、それより、今日も勉強教えてよね。」

「毎日教えなきゃいけないのか。お前も馬鹿だな。」

「……勉強を見てもらうのが、本当の理由じゃないもん……。」

「なんだって?」

「ありがとうって言ったの!」

怒ることでもないのに。


「三時間目の授業は、音楽か。」

二時間目が終わり、早めに教室移動を済ませよう。そう思い席を立つ。

音楽室は教室棟とは別の特別棟という建物の中に入っている。

蒼は特別棟に向かって歩き出す。

(結局先輩は、何のために嘘をついてるんだよ。)

もう何度したかわからない自問自答を繰り返す。


「蒼君。」

途中、矢板先輩と会い話しかけてきた。

「なんですか?」

「今日の部活終わった後、校門で待っててほしい。」

「はあ。」

ため息をした後、わかりました、と返事をした。


部活が終わった後にすべてがわかる。なんでこんなことをしたのか。

そう考えた蒼は、安心しきっていた。


「待ってましたよ。先輩。」

部活が終わり、着替え終わってから五分ほど。二人は校門で待ち合わせをしていた。

「で、何の用があるんですか?」

「あのね、私と付き合ってるふりをしてほしいの。」

意味が分からない。言ってる意味も、そうしなきゃいけない理由も。

「なんでですか?」

「私、告白をされたの。」

「そうなんですか。」

「でもその人のことが嫌いなのよ。だから断ったんだけど。」

「うん。」

「付き合ってる人がいないなら、俺と付き合って、ってしつこいから。」

「それで、僕と付き合ってることにしたんですか?」

「そう!そのことを昨日LINEで送ったけどね。」

「あ、気づきませんでした。でも、どんな事情があっても先に教えてくださいよ。」

「それは本当にごめん。どうか、付き合ってるってことにしてほしい!」

嫌だな。嫌だけど、さすがに不憫だ。

「わかりました、一学期の間だけならいいですよ。」

やってしまった。自分から女子を助けることなんてしたくないのに。

「ありがとう!」


翌朝、蒼と光樹が改札を出ると、矢板先輩がいた。

「蒼君を待っていたんだ!」

僕は早くも後悔した。

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