第9話 広がる溝(前編)
「お前、矢板先輩と付き合ってるって本当か?」
「冗談はよしてくれ、光樹。」
「付き合ってないのか?」
「あたりまえだろ。僕が女嫌いなの知ってるでしょ。」
「だよな。」
「なんで?」
「矢板先輩が蒼と付き合ってるって周りに言ってたぞ。」
蒼は無言で立ち上がり、ある場所に向かって歩き出す。
「どこ行くんだ?」
「矢板先輩のところに行ってくる。」
「告白でもしてくるのか?」
「な訳あるか。」
蒼は振り返り、光樹に笑顔を見せて、歩き出す。
「あ、いたいた。梶谷。」
声をかけられたため、振り返る。そこにはソフトテニス部の顧問、和木先生がたっていた。
「なんですか?和木先生。」
「あぁ、お前、誰とペアを組みたい?」
「ああ、もう決めるんですね。竹下とペアを組みたいです。」
「わかった。検討しとくな。」
「よろしくお願いします。」
もうそんな時期か。中間テストが終わると、すぐに公式戦が始まる。そのためのペアを決めるのだ。
なにか忘れている気がするが、まあいいか。
教室に戻り、机の中の開きっぱなしの文庫本を取り出す。文庫本に目を落とし、続きから読み始める。
「蒼君。その本、面白い?」
教室で喋りかけてくるのは一人しかいない。
「なんだ?朝霞。急に話しかけてきて。」
「いや、蒼君が面白そうな本を読んでるから。」
「この本か?面白いよ。主人公の女子への対応は勉強になる。貸してやろうか?」
「へ、へえ。そうなんだね。気になるから、貸してください。」
「読み終わったら渡すよ。」
そういって再び文庫本に目を落とした。
「課題終わってない人は今の時間でやれよー。」
五、六時間目では中間考査の範囲が終わっているので、自習となった。
蒼は、問題集を取り出し、問題を解いていく。
三十分ほど経った頃、教室内に響く電子音に気づいた。
(何の音だ?まあいいか。)
特に気にならない音だったため、また問題集を解き始める。
「じゃあテストまで勉強しっかりするんだぞー。」
という自習監督の先生の言葉で授業が終わる。教室の張りつめた空気が一気にぬけ、騒がしい空気になる。
ほどなくして担任が教室に入ってきて、終礼が始まる。
(何かを忘れているような......。)
終礼も終わり、下駄箱で光樹と合流しテニスコートへ向かう。
「蒼。昼休みどうだった?」
「何が?」
「お前、矢板先輩のところに行くって言ってたじゃん。」
「あーーー!そうだ。すっかり忘れてた。」
「忘れてたのかよ。何する気だったんだ?」
「すべてが終わってから教えるよ。」
そう言葉を交わし、部室でウェアに着替える。
「今日は中間考査が近いから、ずっと試合をするぞー。」
顧問の和木先生がそう言葉をかけると、いろんなところから歓喜の声が上がる。
「なぁ光樹。試合って面倒くさくないか?」
「確かに疲労がたまるからな。」
「まあ全力でやるか。」
「そうだな。」
この日の試合は全五試合。蒼・光樹ペアは全勝だった。
「お疲れさん。光樹、なんでそんなに疲れてるんだ?」
「あのなぁ蒼。お前のミスカバーをしてたからこうなってるんだよ。」
「ごめんよ。ありがとうな、おかげで全勝だよ。」
「だな。今度試合があったらまた全勝しような。」
うん、と答えて片づけをすます。コート整備を終え、部室に向かう。
「蒼君はさ、好きな女子とかはいないのか?」
「笹部先輩、好きな女子はいないですね。まずまず恋愛は興味ないので。」
自分の女嫌いのことを知らない人には、興味ない、と誤魔化している。
「そうなんだ。珍しいね。興味ないって。」
「珍しいんですかね。まあ告白されたら、しっかり考えますけどね。」
嘘だ。告白された瞬間に俺は断る。まあされることがないから、考えても無駄なのだが。
「偉いね。」
「ありがとうございます。お疲れ様でした。」
「お疲れ様でしたー。」
「二人とも、お疲れさま。」
部室にいるときは、先輩と光樹と喋るので高確率で、着替えるのが遅くなるのだ。
「今日の電車の時間は、六時五二分発だな。」
「うわ、遅くなったね。悪いんだけどさ、今日は先に帰ってくれないかな。」
「何するんだ?」
「矢板先輩と話してくる。」
「わかった。でもお前、暴力はだめだからな。」
「わかってるよ。そこまで馬鹿じゃないからな。」
「じゃあ。」
校門で光樹と別れ、矢板先輩を待つ。
「あれ?蒼君?」
「矢板先輩。話があるので来てください。」
人目のつかない場所に移動する。
「先輩、聞きたいことが......。」
「まさか、蒼君から会いに来てくれると思わなかった。」
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