第48話 ひとつ、人の世の生き血を啜り
「あとの敵オーダーはだいたいの予想だが、第1シングルスは関東ベスト8の北大路、第2シングルスは部内3位の二年生遠藤、第3シングルスはキャプテンの宮元、ダブルスは北大路と宮元になるだろう。それに対するウチのオーダーはこうだ。第1シングル荒馬、第2シングル三階堂、第3シングル木場、ダブルスは木場と荒馬。これで行く」
荒馬先輩が異議を唱えた。
「ちょっと待て。木場とのダブルスならともかく、シングルスで俺と関東ベスト8じ
ゃお話にならんぞ。第1シングルは三階堂のほうがいいんじゃないか?」
しかし、部長はチッチッチッと指を振った。
「フフン、それは素人のあさはかさよ。うちらは第3シングルスと第4シングルスは硬いだろ」
どうやら部長は本気で自分がオリンピック候補に勝てると思っているらしい。
その自信がどこからやってくるのかはなはだ疑問だけれど、まあ木場先輩の勝利と部長の敗北が鉄板なのは事実なので黙っておいた。
「つまり、問題はどこであと一勝するかだ。わかってるか、この試合のキーマンは三階堂、おまえだぞ」
たしかにその通りだ。ウチが勝つとしたら、木場先輩のシングルとダブルス、それにオレのシングルスしか可能性はない。
でも、丸富の三位相手にオレの卓球が通用するだろうか……。
すると不安げなオレの表情を察したのか、部長は予想外の言葉を口にした。
「情けない顔すんな。相手の遠藤ってヤツはサウスポーだ。大丈夫、おまえのチキータが決まれば、左のやつにはまず取れない」
チキータというのは、手首の返しを使って強烈なスピンをかける独特なリターン法だ。中学時代にオリンピックで使われているのを見て一生懸命習得したオレの得意技だった。でも、
「……部長にそんなことがわかるんですか?」
「と、木場が言ってた」
「木場先輩が!」
「なんだよ、急に喜びやがって。まあ他にもマル秘作戦はあるんだが、とにかく頼んだぞ。なあに、丸富とはいずれ戦おうって約束してたんだ。それがちょっと早くなったってだけの話じゃないか」
木場先輩がそう言ってくれたのなら、自信が持てる気がする。それに、相手はオリンピック候補ってわけじゃないんだ。勝てない勝負じゃない。
オレは拳を握り締めた。
「はい、桃太郎侍なんかぶっ潰してやりましょう!」
「桃太郎侍がなんだって?」
そこへ突然、背後から覚えのあるいやーな声が聞こえてきた。
「やあ、先輩がた、こんなに早く試合場で会えるとは思いませんでしたよ」
高橋英樹だった。
オリンピック候補の桃太郎侍がニヤニヤしながらこちらへ歩いてくる。
どうやら一人きりらしく、周囲に取り巻きやチームメイトらしい人影も見当たらない。
「なんだ、おまえ一人なのか」
「ええ、俺は昨日まで日本代表の合宿だったですよ。急に試合が決まったんで、今朝山梨からバスに乗って戻って来させられて、もう最悪っす」
そう言って眠そうに目を擦る。
もしかして、コイツがオレたちと対戦するためにわざわざ大会参加を決めたのかと思ったけど、どうもそういうわけじゃないようだ。
それだけじゃない。今日の高橋英樹はオレたちに対して妙に下手に出ている気がする。
「それにしても、天下の丸富がなんでこんなしょぼい大会に出てくることになったんだ?」
部長の質問にもバカ正直に返事を返した。
「ええ、最初は予定がなかったんですけどね。実は訳ありらしいですよ」
そう言って声を潜める。
「ウチの顧問が、オタクの女子卓球部の顧問に頼まれたんだそうです。大会を盛り上げるために丸富にぜひ出場してくれ、それだけじゃなくオリンピック候補の高橋英樹君もぜひ出場させてくれって。ウチの顧問、女に弱いからなあ。オタクの女卓の顧問とは大学の同級生らしいんだけど、ババアのどこがいいんだか。まったく冗談じゃないっすよ」
なるほど、式部先生の差し金か。
言われてみれば、「市民体育大会で優勝したら荒馬元部長の入部を認める」って条件を彼女は妙にあっさり飲んだような気がする。
きっと最初から、丸富を出場させられるって見越してたんだろう。
さすがは女信長というだけあって、なんという執念深さだろう。
先生の男子卓球部に対する嫌がらせは度を越している。
西和工との件で女子部員が辞めたのを恨んでいるって話だったけれど、きっとそれだけではない、なにかもっと深い因縁があるんだろう。
そこまで話すと、高橋英樹は今度はオレの方に向ってスタスタと歩いてきた。その表情には不気味なまでの笑顔が張り付いている。
「やあ、三日以上君じゃないか」
「三階堂だよ」
「コレは失礼、いや、俺はさ、この間のプールの一件をずっとキミに謝りたいと思ってたんだ。俺のツレが調子に乗って悪いことをしてごめんな。もう、あんな不良たちとはスッパリ縁を切ったから」
いや、あのときの様子じゃ、おまえが縁を切ったんじゃなくてロリコンがバレて向こうに縁を切られたんだろう。
ってゆうか、なにがコイツの身の上におこったんだ?
宇宙人に攫われて脳手術で受けたのか?
いぶかしんでいると、桃太郎侍はすっと右手を差し出してきた。
「今日は正々堂々と戦おう」
もちろん、握り返さない。
「いや、たぶんオレはアンタとは当たらないし」
宙に浮いた手で気まずそうに頭をかきながら、それでも高橋は笑顔を崩さなかった。
「そうか、それは残念だなあ。ところで話は変わるけど、キミの、そのおウチの方は、応援に来てたりはしないのかな?」
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