第49話 勝利の女神はJS?

「そうか、それは残念だなあ。ところで話は変わるけど、キミの、そのおウチの方は、応援に来てたりはしないのかなあ」

「おウチの方? 親父は仕事だし」

「いやあ、そうじゃなくて、ほら、妹さん? 小学生なのにすごくしっかりした」


 千尋のことか? 

 すごくしっかりしたって、アイツがしっかりしてるのは体つきだけだぞ。


「妹とは離れて暮らしてるから、こんな小さな大会にはわざわざ来ないだろ」

「チィッ……そうなのか」


 あ、こいつ今舌打ちしやがった。それだけじゃない。目の前のオリンピック候補生はあからさまにガッカリした様子になる。

 すると、どういうタイミングだろう。


「お兄ちゃん!」


 背後から甲高い声が響いた。

 振り返ると、そこにはショートパンツにタンクトップという露出度の高い姿の千尋の姿があった。

 その後ろに小笠原ひいながいる。

 きっと千尋のヤツがひいなに頼み込んで連れてきてもらったんだろう。

 千尋は、オレの姿をみつけると飛びついてきた。


「お兄ちゃん、今日はがんばって! 千尋がいっぱい応援するからね。またお兄ちゃんの卓球するトコが見れて、千尋とーっても嬉しいんだよ」

「そ、そうか」


 さらに千尋は、羽根園部長や木場先輩、荒馬元部長の手を取るとブンブン振り回す。


「羽根園お兄ちゃんも、木場お兄ちゃん、それから知らないおじちゃんも頑張ってください。千尋、一生懸命応援しますからね」

「知らないおじちゃんって、おまえそれ荒馬先輩にメチャクチャ失礼だろ!」


 たしかに荒馬元部長だけはお兄ちゃんってガラじゃない。

 一応聞き逃すわけにはいかなくて嗜めたが、先輩の方は脂下がった目で千尋をみつめていた。


「い、いやー、俺はかまわんよ。それにしても話には聞いてたけど、千尋ちゃんホントに小学生?」

「はいっ、小学五年生ですっ」


 JSパワーおそるべし。

 千尋は、登場して五分ですっかり卓球部の先輩たちに溶け込んでいる。

 呆れるオレの背中を突っつく者があった。


「あのぉ、三階堂君」

「ああ、アンタ、まだいたのか」


 振り返ると、高橋英樹が何か言いたそうにモジモジしている。


「いやあ、あのせっかくここであったのも何かの縁、俺と友達になってくれないかなあと思ってだな」

「はあ?」

「だって、俺たちは同じ卓球という競技を志すもの同士だろ! それに同じ一年だし、学校が違っても全然問題ないはずだ! な、三階堂君!」


 いまにも掴みかかってきそうな勢いだ。

 すると、「ははぁーん」と訳知り顔で部長が割って入ってきた。


「桃太郎、おまえの企みは読めたぞ」

「な、なんだよ」

「おまえ、ウチの三階堂とお友達になって、千尋ちゃんに『お兄ちゃん』と呼ばれようって腹だろ」


 部長に指を差されて、高橋秀樹の顔が真っ赤に染まる。

 そういえば、こいつも木場先輩と卓球少女合宿をやるのが夢のロリコン野郎だったっけ。

 ってことは何か? 卓球の上手いヤツにはロリコンしかいないのか?

 がっくり肩を落としてると、背後から叱咤の声が飛んだ。


「高橋、見損なったぞ!」


 木場先輩だった。

 滅多に口を開かない先輩が高橋英樹に向かって眉を吊り上げていた。


「たしかに千尋ちゃんは年齢こそ小学生だが、どうみても自分たちが理想とするロリータとは程遠い。こんなものにうつつをぬかすとは、ロリコンの風上にも置けんヤツだ」


 おいおい、人の妹を「こんなもの」扱いかよ。


「それはこっちのセリフです。大人びた外見に囚われて千尋ちゃんの中にある真のロリータを見ようとしないなんて。先輩はいつからロリコンの道を踏み外してしまったんですか!」


 ロリコンの道を踏み外すって、普通は踏み外して入るのがロリコンの道だよね。しかも、いきなりちゃん付けだし。

 痛くなった頭を振っていると、部長が得意気に身を乗り出してきた。


「まあまあ、桃太郎君。君の言いたいことはよくわかった。自分も卓球を志す一高校生として、オリンピック候補生である君の願いを無碍にするつもりはない。ただ、こちらにも少々混み合った事情があってな、ちょっと向こうで二人っきりで相談しようではないか」


 そう言うと、観客席の方へと高橋英樹を連れ立って行ってしまった。

 なんかイヤな予感がする。この人が乗り気な時って、きまってろくな事にならないんだよな。

 しかし、今はそんなことに構っている場合じゃなかった。

 オレには高橋英樹なんかよりも何十倍も大事なことがある。


 気を取り直して、ひいなのそばに駆け寄った。

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