第36話 宿敵、桃太郎侍登場!

 その時だった。

 突然、遠くのほうで女の子の叫ぶ声がした。


「ちょっと、やめてください!」


 間違いない、千尋の声だ。

 どうやら、なにかのトラブルに巻き込まれたらしい。


「やばいな、さっきガラの悪いヤツラがウロウロしてたぞ」

「千尋ちゃん、目立つからな。よし、助けに行こう!」

「はい、ありがとうございます!」


 声を頼りに千尋の姿を探すと、トイレの裏側で高校生くらいの男三人に囲まれているのを発見した。


「それはウワサに聞く『ナンパ』ってヤツですね! ワルい人が女の子に声をかけて車に連れ込んでグルグル回しちゃうんでしょう!」

「おいおい、変なこと言うなよ」

「そうだぞ、ここにいるのを誰だと思ってんだ」


(!?)


 オレの足がはたと止まる。中の一人に見覚えがあった。


「聞いて驚くなよ。二年後のオリンピック選手、高橋英樹様だぞ!」

「せっかくその高橋クンが遊んでやろうって声をかけてるんだ。ありがたく思うのが筋ってもんだろ!」


 そう、高橋英樹。

 中学最後の大会でオレをコテンパンにした忘れられない相手だった。


「有名な高橋英樹って……桃太郎侍?」


 しかし、一般人の千尋には誰のことかわからなかったらしい。


「ひとぉつ、人の世の生き血をすすり、って、違う! あのなあ、面白いこと言ったつもりかも知れねえケド。こっちは生まれてから何百回も言われ続けて、飽き飽きしてんだよ!」

「じゃあ、何で有名なの?」


 千尋は小首をかしげる。

 オレは千尋と男たちの会話に割って入った。


「卓球だよ。卓球のオリンピック候補様さ」


 同時に千尋と男たちの間にも割って入る。

 いかにもヤンキーといった風情の取り巻きが声を荒げてきた。


「なんだ、てめえは!」

「この子の兄貴だよ。ってゆうか、高橋クン覚えてないかな。去年の夏、県大会で試合したんだけど」

「さあ、県大会レベルじゃ、いちいち覚えてらんねえよ」


 高橋英樹は興味ないとばかりに肩をすくめる。取り巻きたちはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた。


「てめえも卓球やってるなら高橋クンのすごさがわかんだろ。ちょっと妹ちゃん貸してくれよ」

「そういうわけにはいかないから」

「ってか、ホントに妹なのか? このエロい身体は中学生には見えねえんだけど」

「そうそう、キミ一体何カップ?」


 いや中学生じゃなくて小学生なんだけど、この連中にそれを言っても信じてもらえそうもない。


「悪いけど、親と一緒に来てるんで」


 とりあえず、千尋の手をつかんで立ち去ろうとした。

 だが、高橋英樹とヤンキーたちはオレと千尋を放そうとしなかった。


「そんなウソついて逃げようたってダメだぜ」

「そうそう、もっとゆっくりしていけよ」

「一緒に楽しく遊ぼうぜ」


 やっぱりおとなしく帰してくれるつもりはないらしい。

 

(さぁ、どうする? 強行突破するか? それとも母親に連絡して係員を呼んでもらうか?)

 

 ――その時だった。


「ひとぉつ、人の世の生き血をすすり」


 人ごみの中から部長が現われる。


「あ、羽根園お兄ちゃん!」


「ふたぁつ、不埒な悪行三昧」


 更に、木場先輩も現れる。


「木場お兄ちゃん!」


「みっつ、醜い浮世の鬼を」


 やってきた二人を見て高橋英樹はギョッとした顔になった。

 そういえば先輩たちは中学時代の高橋英樹と面識があるんだっけ。

 ってことは、とりあえずこれで丸く収まってくれそうだ。オレはホッと息をついた。ところが――


「よっつ、よぉ、だれかと思えば高橋英樹じゃねえか。オレの連れに何のようだ?」


 部長はいつもどおりの上からな態度で話しかける。

 それをガン無視して、高橋英樹は木場先輩の前に立った。


「こりゃ木場先輩、珍しいですね。普通の女の子と一緒なんて」


 無視された部長は、さらに高橋と先輩の間に割って入る。


「おまえこそプールなんて珍しいじゃないか。卓球の練習はいいのか?」

「ちゃんとスケジュール管理してるんで。ドロップアウトした誰かさんとは違って、こっちは高校に入って専属のコーチもついてますから」

「そうか、なら良かった。試合に負けてまたビービー泣いてるんじゃないかと思って心配してたぞ」


 な、なんか全然丸く収まらないんですけど。

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