第30話 ヒロインになりたいの

「ごめんなさい。どうか許してください」


 しばしの沈黙。

 恐る恐る顔を上げると、ユウキ先輩は必死で笑いをこらえようとしていた。


「それ、兄がよくやるヤツですよね。でも、兄以外の人がやるところは初めて見ました」


 やっぱり本物の美少女は声まで美しい。

 オレは心の中で部長に感謝した。


(ありがとう部長! アンタ、出会ってからはじめてオレの役に立ってくれたよ!)


「あの、オレ、三階堂蓮児って言います。羽根園部長には、日頃からお世話をさせられています……じゃなくて、お世話になっています」

「いいんですよ。どうせ兄が迷惑ばかりかけているんでしょう。さっきのも、兄とわたしを間違えたんですよね」

「そ、そうなんです。まさか、部長に双子の妹さんがいるなんて知らなくて、ホントにすみませんでしたっ!」


 もう一度地面に頭を擦りつけると、彼女は優しい口調で言った。


「もしかして、わざわざ謝りに来てくれたんですか。そんな良かったのに。わたしのほうこそ、驚いて殴っちゃったりしてごめんなさい。痛かったでしょ」

「いえ、殴られるぐらい当然です。オレ、あんなヒドイことしたのに」

「気にしないでください。こちらこそ、変なもの見せちゃってごめんなさい」


 ユウキ先輩は照れたように頬を染める。その姿は、まるで天使のようだ。

 オレは拳を振り上げて力説した。


「変なものなんてとんでもない! すっごくキレイでした! 白い肌にピンクの水玉がベストマッチでした! オレ、生まれてこのかたあんな美しいものは見たことがないです!」


 すると、先輩はさらに顔を赤く染めてこんなことを言った。


「気持ちは嬉しいけど……お願いだから一刻も早く忘れてくれないかな」

「忘れる?」


 そりゃどう考えても無茶ブリってヤツだろう。


「……ええと、努力します」


 そう答えてはみたものの、忘れようとすればするほど瞼にピンクの水玉が焼きついて離れない。あげく、よほど不審者フェイスになっていたんだろう。


「あのぉ、キミ、なんだかメッチャクチャ鼻の下伸びてるんですけど」


 さっそくツッコまれた。


「すみません、ご希望に沿う様に鋭意努力中ではあるんですが、どっちかっていうとオレ、努力が空回りするタイプなんで、だってほら、あるじゃないですか、サブリミナル効果っていうんですか? 一瞬だけチラリと目にしたものは潜在意識に残って離れないってヤツ」

「潜在意識に残るって、そんなぁ」


 オレの言葉にユウキ先輩は困惑したような表情を浮かべ、やがて意を決したようにうなずいた。


「じゃあ、一瞬じゃなかったらいいのね」

「えっ?」

「だから、さっきみたいにほんの一瞬だとサブリミナルになっちゃうんでしょ。なら、三階堂クンの潜在意識からアレを消去するためには、もう一度見せればいいんじゃない? 今度は一瞬じゃなくて、ゆっくり、じっくり、マジマジと」


「マジすか」ゴクリと唾を飲んだ。


「だって、三階堂クンがそう言ったんじゃない。サブリミナルだから忘れられないって。わたしだって恥ずかしいんだよ。恥ずかしいけど、こうしなきゃ忘れてくれないって言うから、仕方なくなんだからね」


 白く細長い指が、スカートの裾を掴んでゆっくりたくし上げ始めた。

 

(いいのか? もう一度あの三角地帯を、ゆっくり、じっくり、マジマジとなんて!)

「ちょ、ちょっと待ってください」


 思わず後ずさりをしたオレは、濡れた草地に足を取られてすっ転んだ。


「いててっ」


 地面に強打した後頭部を押さえながら目を開けると、視界に飛び込んで来たのはローアングルから見上げる先輩の白い太腿だ。


「やらしいなぁ、三階堂クンってばそんな下から見上げるポジションなんて、マニアックすぎ」

「違いますよっ! 偶然です! 事故です! ハプニングです!」

「あ、わかった、いわゆるラッキースケベってヤツ? でたな、主人公アピール」

「だから違いますって。兄弟揃って何同じこと言ってるんですか、それもまったく同じ顔で」

「そりゃ同じ顔だよ、一卵性だもん。それに主人公アピールって、責めてるわけじゃないんだよ。アピールしたっていいじゃない。わたしだってヒロイン志望だからアピールしたくなる時もあるし」

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