第18話 魔王襲来!

「ドッチビーだ!」

「はぁ?」

「イマドキのゆとりは、ドッチビーも知らんのか?」

「いえ、知らんこともないですけど」


 ドッチビーっていうのは、たしかフリスビーでやるドッチボールだったはずだ。

 正直ちゃんとした記憶はないが、小学五年の林間学校でやったことがある。

 せっかく緑一杯の山の中に行ったっていうのに大雨で一歩も外に出れなくて、結局二日間ずっと室内レクリエーションをしてたっけ。

 つまりドッチビーってのは、どうしてもやることのなくなった小学生が暇つぶしにやる程度の遊びなんだ。


「どうだ! まさに、これしかないってナイスチョイスだろ!」


 にもかかわらず、部長は自分の出したアイディアにノリノリになっていた。


「ドッチビーなら、よその部活では絶対やってないし、一風変わっていて楽しげだしな。よぉし、それじゃあ早速練習開始!」

「えっ、今からですか?」

「当たり前だろ。なんだおまえ、新人のクセに練習嫌いなのか? あ、読めたぞ。おまえ、普段はサボっているフリをしながら影でこそこそ練習して、いきなり試合で大活躍しようって魂胆だろ! ダメだダメだ! そういうポジションはオレの役って決まってんの! わかったら、さっさと練習して来い! オレは影でこっそり練習するからな!」

「練習ったって、道具が無きゃ練習にならないですよ!」


 すると、木場先輩がボソリとつぶやいた。


「たしか、ドッチビー用のフリスビーはロッカーの中にあったぞ」

「何で、卓球部のロッカーにフリスビーがあるんですか!」

「歴代の先輩たちから受け継いだものだ」


 半信半疑でロッカーをあけると、そこにはフリスビーはおろか、ホッピング、スケボー、麻雀パイといった遊び道具が雪崩を起こさんばかりに詰まっていた。

 中には、釘つきバットやメリケンサックなど明らかに凶器にしかならないものや、鞭やロウソクや浣腸器といった偏った趣味のグッズもチラホラ。


(卓球部ってのは、代々変態の巣窟なのか……)


 がっくりと肩を落としたそのときだった。


「ちょっと失礼!」


 突然、部室内に甲高い声が響いた。

 失礼と言いながら毛の先ほども失礼とは思っていなさそうなその口調には聞き覚えがある。


(……ヤバい)


 瞬時にフリスビーだけを取り出してロッカーを閉める。

 振り返ると部室の入り口に、思いっきり不機嫌そうな顔をしたジャージ姿の女性が立っていた。

 女子卓球部顧問の女信長。

 たしか式部とかいったっけ?

 男子卓球部に恨みを持っているらしい女教師に捕まって女子卓球部に入れられそうになったのは、つい先週のことだった。あのときは羽根園部長に助けられ、以降運良く顔を合わせずに済んでいたんだけど……

 オレの顔を見た彼女は、ハの字に吊り上がった眉毛をさらに小文字のエックスになるまで引き上げた。


「ん? アンタ、あのときの一年ね。……そう、せっかく忠告してあげたのに男子卓球部に入ったのね?」

「いや、その、なんというか、こっちにも事情ってモンがありまして」

「事情? 人の忠告を無視してまで入った卓球部で、アンタ一体何やってるの? フリスビー?」 


 慌ててフリスビーを背中に隠す。


「ええと、これは……ドッチビーを」

「ドッチビー!? バカじゃないの? 卓球部が卓球しないでどうするのよ! やっぱりアンタたちは腐ったみかんね」


 敵意丸出しで部室に入ろうとする式部先生に、部長が立ちはだかった。


「おっと、我が男子卓球部は女子禁制なんです。先生といえどもご遠慮願います」

「男子禁制? 目の前にいるアンタはなんなのよ。この変態!」

「それ以上の発言は、同一性障害に対する差別的発言として教育委員会に告発することになりますよ。ちなみに、この部室での会話はすべて録音されています」

「なんですってぇ」


 カツラにミニスカートという女装姿のままなのに、第六天魔王に対して一歩も引く気配が無い。

 オレは、はじめて部長のことをカッコイイと思ってしまった。


「用が無ければ、引き取りください」


 しかし、式部先生はヒステリックに声を荒げた。


「うっさいわね。オ〇マをオ〇マと言って何が悪い! それに今日はちゃんと用事があってきたんですからね! この部室にある卓球台、それを女子卓球部でいただいていきます!」


 卓球台を? 


「どういうことです?」


 慌てて尋ねるオレに、女信長はフンと鼻を鳴らした。

 

「女子卓球部は部員が多くて卓球台が足りないの! あんたたちはロクに練習もしないんだから、必要ないでしょ!」

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