第9話 彼の女装には、まだ明かされない理由がある
放課後。
オレは重い足を引きずって旧校舎の一室に向かった。
そこは、男子卓球部の部室だ。
部室には既に部長と副部長がいて、オレの到着を今や遅しと待っていた。
「お、三階堂、バックれずにちゃんとやって来たな! 偉いぞお!」
そう言いながらオレに抱きついてきたのは、ミニスカート姿の美少女。
黒髪に白い肌。パッチリした目元が可愛らしい。
しかしながら、この美少女は羽根園佑斗部長。
れっきとした男子だ。
その証拠に、艶めいた真紅の唇から発せられるのは野太い男の声だった。
「もしかしたら来ないんじゃないかと思って心配してたんだぞぉ」
「ちょっと離してください。顔を近づけないで」
「でも遅かったな。もう五分遅かったら、部長自らおまえの教室まで迎えに出向くところだったぞ」
無表情で怖いことを言うのは、副部長の木場充先輩。
身長はおそらく180超え、成績は常に学年トップ、おまけにクールなイケメンという三拍子そろった完璧超人だ。
しかし、昨日オレのインチキ動画を作成した要注意人物でもある。
「それだけは絶対にカンベンしてください」
「えー、なんで俺にお迎えされるのがイヤなんだよぉ」
部長がプゥと頬を膨らます。
女の子なら可愛い表情だろうが、男とわかってからは殺意しか沸かなかった。
自分の心に正直に言った。
「キモいからです」
エーン、と嘘泣きをする部長をオレは無理やり振りほどく。
すると、苦笑いを浮かべながら副部長が言った。
「まあ、そういうな。部長が女装してるのは、別にコイツが変態だからじゃない。ちゃんとした理由があるんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「しかしそれは中盤の盛り上がりまで明かされることはない」
「何わけのわかんないこといってるんです! ホントにちゃんとした理由があるなら早く教えてください!」
すると部長は、得意げにエヘンと胸を張った。
「しょうがないなぁ。新入部員の可愛い後輩にそこまで言われたら、先輩、しかも部長としては無碍にはできんなぁ」
「うわっ、チョーうぜぇ」
「フフフ、俺はなあ、どうしてこの卓球部に新入部員が入らないのか、卓球部に足りないのは何なのかを夜も寝ないで考えたんだ。三階堂、おまえ、この卓球部に足りないのはなんだと思う?」
「……まともな部長」
「それは、可愛いマネージャーさ!」
素直なオレの意見はあっさりスルーされた。
「そこで、俺自らがその可愛いマネージャー役を買って出たってわけだ」
確かに、可愛いマネジがいるのは部活選びでは高ポイントかもしれない。
しかし、それは可愛いマネジが本物の女子だった場合の話だ。
「そんなんで入部するヤツなんかいないでしょ」
オレが呆れ顔でつぶやくと、先輩たちは顔を見合わせてハモった。
「「いるだろ、おまえ」」
「ぐぬぬぬ」
「まさか、こんなに簡単に部員が釣れるとは思わなかったもんなあ。こうなるとジンクスってもんがあるから、止めるに止められないぜ」
「別にオレは部長の女装で入ったわけじゃりませんから、先輩たちが罠にハメたんじゃないですか!」
恨みがましく抗議するが、部長は涼しい顔でこう答えた。。
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺はおまえと話をして、おまえが一番入りたい部を探してあげたんじゃないか」
何言ってるんだ、このヒト?
なんだって男子卓球部がオレの一番入りたい部活なんだ?
「あの、オレ言いましたよね。卓球は中学で十分やってもう飽きたって」
「だからだよ。この男子卓球部に入ればとりあえず卓球だけはしなくてすむぞ」
卓球部に入れば卓球しなくていい?
さっきから、オレはいったい何と話してるんだ? 宇宙人か?
「すいません、言ってる意味が全然わからないんですけど」
頭を抱えるオレに、今度は木場副部長が答えてくれた。
「ウチは卓球部だがな、とりあえず今後の活動として卓球をやる予定はないんだ」
「なぜです?」
「知ってるか? 我が桂光学園の部活動は、学期末の時点で部員が五人いないと廃部になるって規則があるんだ。今ここに何人いる?」
「ええと、三人ですけど」
「だろ。だからつまり、今の自分たちに卓球などしている暇はない。九月までの三ヶ月であと二人。今は一にも二にも部員集めなんだ」
なるほど、それであんなインチキ動画を作ってまで部員集めをしてたのか。
でも、いくらなんでも三人ってのは少なすぎる。
このあいだ偶然のぞいた女子卓球部なんか、部員数五十人超えてたぞ。
「……部員ってホントに三人だけなんですか?」
オレの問いかけを一切無視して、羽根園部長はテーブルの上に飛び乗った。
「そこで、俺の考えた部員獲得マル秘大作戦その2を発表するぞ!」
きっとマル秘大作戦その1は部長の女装なんだろう。
それに気がついて、オレの背中にイヤな予感が走った。
「今度の文化祭で、我が男卓はバンドをやることに決定しました!」
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