第5話 救いの天使は、美少女ではなく……


「ふぅ、ありがとう。一時はどうなることかと思ったよ」


 日本昔話の鬼婆のように追いかけてくる女教師振り切って、オレたちは旧校舎の一室に逃げ込んだ。

 膝に手をついて大きく息を吐きながら、女子生徒の姿をちら見する。

 彼女は無言のまま、困ったような笑顔を浮かべていた。

 あわてて言葉を継いだ。


「あの、オレ、一年A組の三階堂蓮児っていいます。部活の見学に校内を回ってたんですけど、なんかあの先生に勘違いされちゃったみたいで……助かりました」

「……」


 返事がない。

 みると彼女は苦笑いを浮かべたまま、自分のノドを指差していた。


「えっと、それってもしかして」


 もしかして、この子は口が利けないのか?

 そんなことを考えながら、正直オレは目の前の女子生徒に見蕩れていた。

 手足は細く、無駄な肉が一切ついていない。顔立ちもほっそりしているのに、目だけは落ちそうなくらいに大きくていわゆる「目力がある」ってヤツだ。

 

(イカンイカン。今日は部活を探してるんであって、恋人を探してるわけじゃないぞ!)


 思わずブルブルと頭を振って我に返った。

 そもそもオレは恋愛とか女子に夢や希望をもたない主義だ。

 しかし、「気にしないで」と言わんばかりにニッコリ微笑んだ彼女の背中からは、その心と同じくらいに真っ白な天使の羽が広がっていた(ような気がした)。


(なにこの子! ぶっちゃけメチャクチャ好みなんですけど!)


 すると美少女は、近くにあったプリントを裏返して文字を書き始める。


『式部先生って、カッとなりやすいんです』


 プリントの裏紙には、彼女の容姿にふさわしい可愛らしい文字が躍っていた。


「あの人、式部先生っていうんだ。結構強烈ですよね」

『でも大丈夫。いつも何かに怒ってるから今頃別のターゲットをみつけてると思う』

「……だといいけど」


 そう言って肩をすくめると、彼女はニコリと笑った。


『それより、部活の見学って今頃になって?』

「ええ、まあちょっと事情があって……といっても大したことじゃないんです。父親から急に部活に入れって言われて、入らなきゃ小遣い減らすぞ、みたいな」

『ふうん、でも今から探すんじゃ大変ね。どこかアテがあるの?』

「いえ、まだ全然。まあ卓球部以外でって考えてるんですけどね」


 すると彼女はビックリした顔になって、近くにあった熊のぬいぐるみを抱きかかえた。


『どうして、卓球部以外なの?』

「中学でずっとやってたんです。だから、もういいかなって?」

『そうだよね、卓球部ってかなり暗いよね。女の子に人気なさそうだし』

「別に女子にはモテなくてもいいですよ。正直オレ、女に興味がないっていうか、彼女欲しいとかあんまり思わないですから」

『へえ? 案外硬派なんだ』

「そういうとオーバーですけど、男同士でつるんでる方が楽ですよね」

『でもじゃあ、なぜ卓球じゃダメなの? やっぱり運動部のワリにひ弱なイメージあるから?』

「そんなことないですよ。中学のときはメチャクチャハードにやってましたし。見た目より持久力も瞬発力も必要ですから、先輩にずいぶん鍛えられました」

『そんなに厳しい部だったんだ』

「ええ、先輩後輩の関係が絶対で先輩たちには逆らえなかったですし、でもその分後輩にたちは優しくしてあげたんですよ」

『そんな厳しい部でつらかったでしょう』

「いや最初はキツかったですけど、慣れるとむしろ心地よいってモンですよ」

『フフフ、なんだかんだ言って、今も卓球のことが好きなんじゃないですか』

「……それは、まあ、別に嫌いになったわけじゃないですし」


 すると、彼女は抱えていたクマのぬいぐるみを下ろしてまたニッコリと微笑んだ。


『じゃあ、もう決まりですね』


 それから机の上にあったプリントをオレに差し出してくる。


『ここに、クラスと出席番号と名前を書いてください』

「ん? なんです?」


 手渡された用紙をみると、そこには「入部届」と書かれていた。


「なんですか? コレ、入部届って……」


 ビックリして尋ねる。しかし、彼女の返事は更に激しくオレを驚かせた。


「入部届は入部届に決まってるだろ」

「えっ?」


 正しく言うと、返事自体がオレを驚かせたわけじゃない。

 オレを驚かせたのは彼女が筆談ではなく、自らの声で喋ったこと。そして、その声と口調だった。

 野太くて低い声。

 ハスキーとかそういうレベルじゃない。明らかに男性の声だった。


「アンタ、男かよ!」

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