第4話 女織田信長降臨

「ずいぶん堂々としたノゾキね」


 いきなりの犯人扱いに、オレはあわてて言い訳する。


「そんなノゾキだなんて違いますよ! オレはただ、部活の見学で!」

「見学? なんで男子が女子卓球部を見学するのよ? そんな言い訳が通用すると思ってんの?」

「いや、あの、オレも入りたくて入ったわけじゃなくてですねえ」


 しどろもどろになっていると、女教師はこちらをジッと覗き込んで、それから一段と眉間のシワを深くした。


「てことは……まさかアンタ、男子卓球部に入部希望なの?」


 あきらかに咎め立てするような口調だ。

 何を責められているのかはわからないけれど、ライオンを前にしたシマウマのような野生の生存本能で反射的に首を振った。


「い、いえ、けっして男子卓球部に入ろうというわけではなくてですねえ。むしろ、卓球部以外の部活動に入部希望なんですよ」


 ところが女教師は、オレの必死の弁解に一切耳を貸さなかった。


「悪いことは言わないから、男卓だけはやめなさい。せっかくの高校生活を棒に振ることになるわよ」」

「はあ」

「はあじゃないわよ!」

 

 ドスの利いた声で怒鳴りながら、おもむろに俺の肩を掴む。

 十本の指が物凄い力で両肩に食い込んだ。

 最初美人だと思った彫りの深いその顔も、今となっては般若にしかみえないから不思議だ。


「いい、よく聞きなさい! そもそも部活動って言うのは、単に競技の技量を磨き体力の向上を計るだけじゃないの。友情を育み、規則正しい習慣を身に着ける。あなたたち学生が、今後社会人として生活するための基礎を作るものなんです。それを男子卓球部の連中ときたら、日々をだらだらと怠惰に過ごし、思うままに他校の生徒と争い、公序良俗を乱すような振る舞いにあけくれ、……もう、あんな連中がおなじ卓球部を名乗ることすら身の毛がよだつ。あえて言いましょう、あの連中は腐ったみかんです! 私のこれまでの教師生活で、あんなに堕落した連中は見たことありません!」


 この人、男子卓球部になにか恨みでもあるんだろうか?

 でも、どうみてもあなたの方が普通じゃないんですけど……


「それでもアンタが、どぉしても卓球部に入りたいっていうんなら……そうね、ちょうど今、女子卓球部のマネージャーを募集してるから女子卓球部に入ればいいわ」

「女子卓球部って、いやそれはちょっと……」


 何言い出すんだこの人?

 口ごもるオレを無視して、女教師は強引に話を進め始めた。


「うんうん、それがいい。卓球台の設置とかいろいろ力仕事もあるから、男子のマネージャーがいればって思ってたのよね。それに道を踏み外す新一年生を救うことができるし、まさに一石二鳥じゃない。そうと決まれば早いほうがいいわ。ここに入部届けがあるから、サインしなさい」


 どこからか入部届容姿とボールペンを取り出すと、抵抗するオレの腕を取って無理矢理入部届けにサインさせようとする。

 こんな横暴がありえるのか?

 そういえばひいなが愚痴ってたっけ。

 女子部にはむちゃくちゃ怖い女体育教師がいて、気分次第で生徒に持久走や腕立て伏せをやらせる、とかなんとか。

 なんでもあまりの迫力に教頭をはじめ他の教師たちも全然さからえず、ついたあだ名が女織田信長……間違いない、コイツだ。


「ちょっと待ってください、すみません、あのぉ、誰か助けてください!」


 オレは助けを求めてあわてて辺りを見回した。

 しかし女子卓球部員たちは、イジメを見て見ぬ振りをするみたいに視線を合わせようともしない。

 ――そのときだった。


 ニシン来たかとかもめに問えばぁ~


 突然、体育館内に大音量のソーラン節が流れだした。

 なんで、体育館に民謡? 

 一瞬戸惑って、すぐに思い当たった。きっとケータイの着メロなんだろう。

 そしてその女子高生とは思えない渋い着信音は、女教師の好みに合わなかったらしい。女教師は、鳴り続けるソーラン節にブチキレて叫んだ。


「練習中に携帯電話は切れって言ってるでしょうがぁっ! 一体、誰っ!」


 眉を吊り上げ目を見開いたその表情は、まさに鬼の形相だ。。

 オレはなすすべもなく突如始まった犯人探しをながめていた。すると、誰かがチョンチョンとオレの制服のすそを引っ張ってくる。

 

(!?)


 背後に、女の子がいた。

 さっき、外でオレにピンポン玉を投げつけた美少女だ。そうだった。今現在、こんなわけのわかない状況に追い込まれたのは全部この子のせいなんだ。


「キミねえ、いったいどういうつもり――」


 抗議しようとするオレを制して、彼女は身振り手振りで合図してきた。


(イマノウチニ、ニゲテ)

「逃げてって言われても……」


 わけがわからず戸惑っていると、いきなり手を掴まれる。


(コッチキテ!)

「えっ!?」


 彼女の指はビックリするほど熱い。その熱さにやられたのか、オレは抵抗できずに体育館の外へと連れ出された。


「ちょっとアンタ! まだ話の途中でしょ!」


 背後からヒステリックな叫び声が聞こえる。


(ヤバイ、ハシルヨ!)


 美少女はそう合図すると一目散に走り出した。その華奢な身体からは想像もできないくらいに素早いダッシュだ。

 黒髪が流れ、スカートが翻る。

 気がつくと、オレは夢中でその背中を追いかけていた。

 

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