第一章 三階堂、卓球部には入らないってよ!

第2話 幼馴染は昭和生まれ?


「なんでいきなり部活なんだよ! もうわけわかんねえだろ、あのクソ親父!」


 腹立ち紛れに蹴り上げた小石が通学路のアスファルトの上を転がっていく。それを横目で眺めながら、小笠原ひいなが独り言のようにつぶやいた。


「うーん、あたしにはお父さんの気持ちわかるけどなあ」

「なんでだよ!」


 ひいなは隣に住む幼馴染だ。

 オレが母の実家にいた中学の二年間を除いて、彼女とは幼稚園小学校中学校が同じで、とうとう今年、高校まで同じになった。(シャクなことに、オレらが通う私立圭光学園高校はオレの第一志望だったけどコイツにとっては滑り止めだったらしい)

 いわゆる腐れ縁ってやつで、今日も待ち合わせたわけじゃないのに一緒に登校している。


「お父さんはきっと、蓮児が家庭の事情で高校生活をエンジョイできなかったらイヤだなって思ってるんじゃない?」

「高校生活をエンジョイって、おまえいつの時代の女子高生なんだ」

「うううっ、別にあたし時代遅れじゃないもん、モダンガールだもん」

「そのモダンっつうのから、平成と昭和通り越して、もう大正時代なんだよ」


 オレにつっこまれてひいなは恨めしそうに頬を膨らませた。

 そのちょっと下ぶくれで愛嬌のある顔立ちは小動物をホウフツとさせる。生意気にもコイツは男子の間で地味に人気があった。『誰が好き』と聞くと一番最初には出てこないが、二番手三番手には名前が挙がる、そんなダークホース的存在だ。

 でもオレにとっては、男女の枠を越えてなんでも話しあえる数少ない友人の一人だった。


「そんなことよりさ。もし蓮児が家のことで忙しいんなら、あたしがご飯作りに行ってあげてもいいんだよ」

「ひいなが?」

「そうだよ。幼馴染が食事を作りに来るなんて、アニメとか漫画とか昼ドラとかではよくある話じゃない」


 コイツはオレと違ってラノベは読まないらしい。

 その代わり昼ドラはみるんだ。

 オレと同じ高校生のはずなのに、どうしてそんな暇があるんだろう? 

 それはともかく昼ドラをみるのは家庭の主婦と相場が決まっているが、小笠原ひいなには主婦の任を果たすための決定的な資質が欠けていた。


「おまえ、料理できないじゃん」

「ひどーい」

「あの水みたいに薄い味噌汁の味は一生忘れねえよ」

「それ、いつの話? 小学生のこといつまでも根に持たないでよ」


 小学五年の調理実習の時だった。ごくごくシンプルにご飯を炊いて味噌汁を作るだけという実習で、オレとひいなは同じ班になった。

 そこで当時潔癖症気味だったコイツは、味噌を洗うという暴挙に出たのだ。当然、出来上がった味噌汁はほとんどただのお湯だった。

 そんなヤツに飯を作らせるなんて地球環境に優しくなさすぎる。


「まあとにかく、幼馴染が飯を作りに来るのなんてフィクションだけの話だってことさ。それともなんだ、おまえは超能力者とか魔法少女とか異能の使い手とかフィクション世界の住人なのか? もしそうなら、好きなだけ飯でも味噌汁でも作りに来い」


 遠まわしに断りを入れると、ひいなは不満そうに口を尖らせた。


「うううっ、あたしだってフィクションだもん」

「はあ?」

「あたし本当は使い手なんだもん」

「使い手って、何の?」

「超能力だよ、ううん違う、魔法、じゃなくてやっぱり超能力」

「ちゃんと設定固めてから喋れよ。で、どんな超能力なんだ?」

「それは、もう口ではいえないほどのすんごい超能力だよ」

「じゃあ口で言わなくていいから、ここで使って見せろ」

「オ、オッケー。じゃあやるけど、絶対ビックリするからね、あっと驚くタメゴローだよ」

「だからそれって、いつの時代の言い回しだよ」

「いいからいくよ!」


 ひいなは通学路の真ん中に立ち止まると、オレの方をにらみつけてきた。

 口を真一文字につぐんで眉間にしわを寄せている。

 その表情はいつもの穏やかな幼馴染とは明らかに一線を画していた。……どうやら超能力発動中、のつもりらしい。


「おまえ、ひょっとして今、超能力使ってるのか?」


 自称・超能力者は無言のままうなずく。

 そのうちに顔全体が真っ赤に染まってきた。ずっと息を止めているからだろう。頬はパンパンに膨らみ、充血した結膜が剥き出しになる。

 その不細工フェイスは変顔というレベルをはるかに超えていた。

 幼稚園からの付き合いのオレでも正直ドン引きだ。

 通学路を行き過ぎる同級生たちは不審げにひいなを眺め、それからまるで見てはいけないものを見たかのように足早に通り過ぎていった。


「……ひいな、もうそろそろ止めにしないか?」

「蓮児は黙ってて!」


 それから約三十秒後。

 張りつめた風船が割れるように、ひいなは大きくプハァーッと息をついた。


「ハァハァ、今日はちょっと調子が悪いみたい」

「……アホか、おまえは」

「アホじゃないモン! まあ今日のところは引き下がってあげるわよ。でも、いつか必ず超能力に目覚めてやるんだから!」

「いつか必ずって、まだ目覚めてなかったのかよ。よくそれであんなことができるな。まったくおまえの勇気だけは地球人超えてるよ」

「ぶぅぅぅ」


 まだまだ不満げなひいなを半分なだめ半分からかいながら、オレたちはようやく校門までたどり着いた。

 圭光学園は私立の進学校によくある男女別学というヤツだ。同じ学校の敷地内に男子棟と女子棟の二つの校舎が建っていて、授業は男女別々に受けることになる。

 女子の下足室に向ったひいなは、ふと立ち止まって振り向いた。


「それで、どこにするの?」

「何が?」

「部活。今日中にどこかに入らなきゃいけないんでしょ」


 そうだ、部活だ。

 忘れていた現実に引き戻されて、一気に気が重くなった。

 GWも終わり、一般的な入部シーズンはとっくに終わっている。しかも、今日一日でどの部にするか考えるなんて……。

 しかしウチの親父が家長命令という言葉を口にするのは、本気モードのサインだった。素直に言うことを聞かなければ、小遣い抜きはおろか携帯解約といった実力行使すらやりかねない。


「……やっぱり卓球部?」


 そう言ってから、ひいなは気まずそうに顔をしかめる。


「えっ? あ、ああ、その、なんだ」


 何を隠そう小中の9年間、厳密には受験で引退するまでの8年6ヶ月を、オレは卓球一筋に費やしてきた。でも……


「卓球はいいよ。もう腹いっぱいつうか、中学で燃え尽きたからさ」

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