第19話推敲・其の2
「アラタさん。もうミステリーなんて書いている場合じゃないですよ。はやくそのストーリーで一本作品作ってくださいよ」
「なんだ、かい子。俺の『十六角館の殺人』は本格ミステリーとしては45点だが、社会派ミステリーとしては見所があるからそれを生かした作品を作れなんて言っておいて……今度はミステリーすら書くなと言うのか」
「だって、アラタさん。アラタさんの考えたお話はまだまだ展開を広げられるんでしょう?」
展開ねえ……
「テルマエロマエみたいに、現代日本の女子高校生が禁酒法時代のアメリカにタイムスリップ。そこではスペイン風邪が大流行していた。そこでエタノールで消毒をして殺菌、消毒の重要性を説く女子高校生。最初は反発する禁酒法時代のアメリカ人を戦車で無理やりロックダウン。スペイン風邪は収束してめでたしめでたしなんて安直な展開でいいのか」
「そう、それそれ。そんな王道展開が求められるんですよ」
「エタノールを戦車の燃料としたことで、当時の成長が著しい石油業界から横やりを食らう。だが、戦車の武力でモノを言わせて石油業界を破滅に追いやる。ガソリンや灯油はすべてアルコール由来のものにとってかわられる。現代になると、そこでは温暖化問題や中東問題はすべて解決していた。温室効果ガスを排出する石油プラントは、アルコール製造用のトウモロコシ畑になっていた。エタノール万歳! なんて展開でいいのか」
こんなテルマエロマエと仁とガルパンを寄せ集めて作ったような作品を作るのは、俺の本格ミステリー作家としてのプライドが許さない。だいたい……
「けどなあ、かい子。それだとプラスチックもなくなってしまうぞ。俺が密造酒づくりにつかったペットボトルも石油由来だ。アスファルトも石油由来だ。その辺りをどうするんだ」
「そんな細かいことはどうだっていいんですよ、アラタさん。とにかく、禁酒法時代のアメリカを戦車が走り回って、スペイン風邪を撲滅していく話を書けばいいんです!」
「しかしなあ、かい子。これから現代で戦車館と名前を変えた月照荘を舞台に、俺の小学校時代の復讐を果たす予定だったのに」
俺はかい子に言われるままに安易に作ったストーリーを展開させる気にはどうもならない。しかし、かい子が駄々をこね始める。
「いやです、アラタさん。禁酒法時代に戦車が暴れまわる話が読みたいです。よーみーたーい。アラタさんだって禁酒法時代やアルコールについていろいろ調べたじゃないですか。それだけのものをこれで終わりにするなんてもったいないですよ」
「だけどなあ、かい子。俺は『十六角館の殺人』を本格ミステリーとして45点なんて採点したおまえをぎゃふんと言わせたくて禁酒法時代についてあれこれ調べて、『第二次世界大戦中の日本でガソリンをチート能力で生み出す話と思わせて、実は禁酒法時代のアメリカでエタノールをコツコツ現地生産する話でした』なんて叙述トリックを作ったんだからな。お前が騙されたからそれでもう満足と言うか……」
「アラタさんが満足してもあたしが満足できないんです。ほら、押しかけ編集者であるあたしに何かしてほしいことはないですか? 作家に書きたいものじゃなくて売れるものを書かせるのも有能な編集者のスキルなんですから何でも言ってください」
かい子にしてほしいことねえ。
「なんならあたしが体をどうこうして現金稼いできましょうか、アラタさん。いきなりおしかけてきた女神さまが社会福祉を悪用して生活保護をぶんどってきたと思っていたら、それは体を売ることでしかお金を稼げなかった女神さまが水商売で稼いだお金でしたなんて、まさに現代の貧困の闇じゃないですか」
「で、生活保護とおもいこんでいた現金で俺がお前が働いているお店に遊びに行ってご対面となるのか。お前に『アラタさん、生活保護なんてそう簡単に受給できるわけないじゃないですか。あ、監視カメラがあるからサービスを受けているふりはしてくださいね』なんて言われるのか」
「そんな発想ができるのに、なんでそれを生かそうとしないんですか、アラタさん。アラタさんにはもっと面白い話が作れますよ」
このままだと、かい子が無戸籍児童として水商売に身を落としかねない。そうなって、店が幼女にいかがわしいことをさせていたとして摘発。かい子の口から俺の名前が出たらこれは面倒くさいことになりそうだ。
それよりは、かい子が読みたいとかいう、過去のヒット作品を切り貼りしたものを作る方がはるかにましかもしれない。
「わかったよ、その話を展開させればいいんだろう」
「わかってくれましたか、アラタさん。それでは設定を煮詰めましょうか。とりあえず、タイトルはどうしますか」
「タイトルねえ。『みつぞう!』とか」
「アラタさん、それは……」
「しかし、『禁酒法時代のアメリカにタイムスリップして……』なんて長ったらしいタイトルにするのもあれだし」
「じゃあアラタさん、『おうちで消毒液を作ろう』にでもしましょう。さっさと書いて投稿してください」
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