第18話推敲・其の1
「俺としては、ここまで騒ぎが世界規模になっているんだから個人的な酒の醸造が認められている地域では高濃度のエタノールを作ってSNSにアップする連中がいてもおかしくないとにらんでいるんだがな。残念ながら日本語しかできない俺にはそこまでネットで調べられない」
「まあ非常時ですからそんな人が出てきてもおかしくないですけどね、アラタさん」
「酒の自家醸造が認められている地域の日本語が話せる人間が、『日本語でブドウジュースから消毒用エタノール作ったよ』なんて日本人向けに動画をアップするくらいはあり得ると思っていたんだがな。日本でありながら日本でない在日米軍基地や外国の大使館でもいい」
個人的にはツイッターで消毒用エタノールの作り方なんてものが出回って、それはレシピ通りに作ると酒税法違反になることになると笑えるんだがな。生い先短いおじいちゃんおばあちゃんが『不要不急の外出は控えろと言われたから、自宅で消毒用エタノールを作ったんじゃ。太平洋戦争のころは松の根からアルコールを作らされたんじゃぞ。それと同じことをしただけじゃ』なんて開き直ったらと思うと……
「ちなみにアラタさん、先程おっしゃられたオレンジやグレープフルーツのスパークリングワインですが……」
「おお、興味があるかかい子。実は俺は甘党でな。ビールや日本酒よりもスクリュードライバーとかソルティドッグと言った若い女の子が好む酒が好みでな。その俺が開発したスパークリングワイン、禁酒法の影響でオレンジジュースやグレープフルーツジュースの産地なのにそれを使ったお酒がないアメリカに代わって俺が作ったんだ」
「それ、醸造酒ってことになりますよねえ。でしたらワインと同じですからキャリー・ネイションさんみたいな武闘派禁酒推進家もにっこりするんじゃないでしょうか」
なるほどお。キャリー・ネイションはこじらせて酒場を破壊して回っていたが、最初は蒸留酒の販売を酒場に依頼していたらしいから、その時期に俺特製のオレンジやグレープフルーツのスパークリングワインを飲んだら……オレンジやグレープフルーツで検索っと……1893年にサンキストが成立していたみたいだからそれもありえるなあ。
「アラタさん。仮に、仮にですよ……あたしがものの見事にだまされた『第二次世界大戦中の日本でガソリンをチート能力で生み出す話と思っていたら、禁酒法時代のアメリカでエタノールを現地生産する話でした』なんて叙述トリックを使わずにですね、最初から過去に禁酒法時代にタイムスリップしたと明記したらどんなストーリーで展開させますか?」
「そんなことをするなら、まずは禁酒法時代のアメリカから現代の日本に誰かタイムスリップさせるんだ。そいつはひどい二日酔いでな、現代の日本でポカリスエットかアクエリアスを飲んで感激するんだ。『酔い覚ましの水ほどうまいものはないと思っていたが、このしょっぱいだか甘いだかよくわからない飲み物はなんだ? 実にうまい!』ってな。テルマエロマエのルシウスみたいに」
「それですよ、アラタさん!」
こら、かい子。急に大声を出すな。びっくりするじゃないか
「もっと、具体的に説明してください、アラタさん!」
「具体的に……ええと……貧乏で一家が路頭に迷いかねない。それを案じた女子高校生の主人公は密造酒を売って家族を支えている。そんな女の子の前に二日酔いで苦しんでいるアメリカ人が現れる。見かねた女子高校生はたまたまもっていたスポーツドリンクを差し出す。飲むアメリカ人。うまさに感激するアメリカ人。アメリカ人は尋ねる。『What's this?』女子高校生はたどたどしい英語で答える。アメリカ人自分の禁酒法時代に戻る。そのアメリカ人は家業の酒造りを法で禁止され悩んでいたがスポーツドリンク販売で大儲け。と言った感じの第1話かな」
「それですよ! アラタさん、そんな一般受けしそうな面白そうな話が作れるのになんで本格ミステリーとか叙述トリックとかなんてものにこだわってニッチなミステリーなんて作るんですか」
何だ、かい子。お前はミステリーが好きじゃなかったのか。それなのにミステリーをニッチとはなんだ。
「じゃ、じゃあ、第2話はどうなるんですか、アラタさん」
「第2話か……そうだな、再度現代日本にやってきたアメリカ人。そこで女子高校生といっしょに女の子が戦車に乗るアニメを見て衝撃を受ける。『女の子が戦車に乗っている!』アメリカ人自分の禁酒法時代に戻る。スポーツドリンク販売で儲けたお金を元手に戦車を開発。それを武器にして禁酒法を推し進める政府とやりあうことを決意……ああ、アメリカ人は男女どっちにしようかな。テルマエロマエなら男だけれど、ガルパンにすり寄るなら女の子にしないとまずいだろうし……」
「できるじゃないですか、アラタさん。大衆受けしそうなエンタメ作品が作れるじゃないですか。それなのに、たいして評価されないミステリーをなんで書き続けていたんですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます