第17話解説・其の10

「ちなみにな、かい子。小学校時代に俺が自由研究でビールから高濃度のエタノールを精製して教師にぶん殴られたことはすでに言ったが……俺は酒の密造だって経験しているんだぜ」


「そんな万引きの自慢話みたいなことを言われても、アラタさん。犯罪を告白するなら、アラタさんのお好きな本格ミステリーみたいな壮大なことを告白してくださいよ。『俺は殺人犯である』みたいな」


「いやだよ。なんでそんな俺の快適な引きこもり生活が台無しになるような告白をしなければならないんだ。そもそも、俺に殺人なんてまねができると思うか」


 俺の質問にかい子が『アラタさんにそんなことできるはずありませんね』と言った表情をしている。大正解だ、かい子。俺にできることはいじめっ子への復讐をミステリー小説仕立てにしたり、こそこそ密造酒の製造をするくらいだ。


「そもそも俺が密造酒を作っていたのは10年以上前の話だ。とっくの昔に時効になっているよ」


「おや、アラタさん。『時効になったから』と過去の犯罪を自慢げに話すパターンですか。そういうパターンは犯人は法で裁かれなくてもなにかしらのしっぺ返しを食らうものですが……」


「しっぺ返しねえ。そもそもそのときの密造酒づくりの経験が今回の叙述トリックのひらめきのもとなんだが……なにせ引きこもりと言うのはとにかく暇でな。密造酒づくりに凝ってアルコールについて色々調べたんだ」


 呆れているかい子に俺は密造酒を作っていた時に浮かんだ疑問を言ってみる。


「しかしだな、かい子。ブドウジュースからワインを作る。リンゴジュースからアップルシードルを作る。これは簡単なんだ。それこそ小学生の自由研究レベルだぞ。市販の100パーセントの果汁ジュースに製パン用のイースト菌をパラパラして、常温で2、3日放置しておけばそれで出来上がりだ。人類の歴史においてパンが先かビールが先かってレベルなんだ」


「ほうほう。良く調べましたねえ、アラタさん」


「お猿さんが自分の巣のヤマブドウをため込んでいたら、それが発酵してお酒になったなんて言い伝えからできた『猿酒』なんて言葉があるくらいだ。だからこそ不思議なんだ。オレンジジュースやグレープフルーツジュースが果汁ジュースとしてメジャーなのに、そのジュースを発酵させたアルコール飲料にメジャーなものがないのはなぜなんだろうってな」


 俺の問いかけにかい子が『それもそうですね』なんて顔をしている。


「オレンジやグレープフルーツからジュースを作る設備があるなら、それをアルコール発酵させて売るくらい大した設備投資は必要じゃないんだ。で、俺はこれは禁酒法が原因なんだなと結論付けたんだな」


「それもネットで調べたんですか、アラタさん」


「いや、『フルーツワイン』とかで検索して調べたんだがな……これはという答えはネットでは見つからなかった。ちなみにな、炭酸飲料用の1,5リットル用のペットボトルにオレンジジュースかグレープフルーツジュースを1リットル、そして砂糖を300グラムほど入れてイースト菌をパラパラしてふたを軽く被せた状態で2日放置。そしてふたを閉めて1日放置するとスパークリングフルーツワインができてな、これがじつにうまかった」


 俺の実体験による感想にかい子が食いついた。


「スパークリングって……炭酸飲料みたいになるってことですか、アラタさん」


「そうだ。イースト菌によるアルコール発酵は化学式であらわすと

 C6H12O6→2C2H5OH+2CO2

 でな。二酸化炭素も発生する。それをうまいことコントロールすることで炭酸のシュワシュワ感が楽しめるというわけだな。ちなみに、うまくコントロールせずにペットボトルのふたを閉めっぱなしにすると内圧が高くなってドカン!……だ。気を付けるんだぞ、かい子」


「アラタさんって引きこもってネットばかりしてるものだと思っていましたけれど……なかなかサイエンティストみたいなこともしていたんですね」


 かい子が俺を感心した目で見ている。10年以上前の俺のちょっとした違法行為がかい子をだました叙述トリックにつながったと思うと気分がいい。


「『個人的なアルコール発酵が禁止されていることは幸福追求権の侵害である』なんてことを国に訴えて敗訴したどぶろく裁判とか、個人的な楽しみでとどめずにサイロで大掛かりに密造酒を作って販売していたら逮捕された人間が出てきたり……なかなか酒の密造ってのは奥が深いんだな、かい子」


「ところで、アラタさん。世間では消毒用のアルコールが不足している事態になっているようですが……」


「そうなんだ。個人的には犯罪系ユーチューバーが『消毒液が売っていないのでブドウジュースから消毒用エタノール作ってみた』なんてやらかしてくれないかななんて思っているんだがな。俺は逮捕されるのがいやだからやりたくないし」

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