第15話解説・其の8

「アラタさん、そして月照荘に警察官や群衆が突入するんですね。日本の特高警察や国防婦人会と思わせて、実際はFBIやイギリス系のアメリカ人だと」


「かい子よ。FBIは正解だが、イギリス系のアメリカ人と言うのは不正確だな。群衆も女性団体と言う設定だ。第二次世界大戦中の日本で『夫や息子を戦地に送るのが良妻賢母』なんて言っていた国防婦人会と思わせて、酒造メーカーを『酒なんてものがあるから男が堕落するんだ』なんて言って襲ったご婦人方だったってことにしてある」


「へえ。禁酒法時代のアメリカで密造酒を取り締まっていたのはFBIくらいのものだと思いきや、女性陣が酒造メーカーを襲っていたんですか」


 おや、禁酒法時代をリアルタイムで体験していたかい子とは思えないお言葉。しょうがない。ここは俺がネットで仕入れた知識を披露するとしよう。


「禁酒法時代のアメリカだと、バーで酔っ払うのは男だと相場が決まっていたからな。旦那がバーで酔っ払って給料をろくに家にいれないとなったら禁酒法を歓迎したくもなるだろう。キャリー・ネイションという有名な女性禁酒運動家がいてな。ほら、ウィキペディアに記事があるから見てみろ」


「ほほう。身長180センチ、体重80キロの恵まれた体型。右手にまさかり、左手に聖書をもって酒場を破壊していたと……なかなかにインパクトのある女性のようですね。あれ、聖書? 変ですね。『ワインが血でありパンは肉である』なんてイエス様の言葉からすればお酒はキリスト教徒からすれば聖なるものなはずなのに……」


「ああ、それはなかい子。醸造酒と蒸留酒の違いだ。ワインやビール、日本酒なんかはアルコール発酵させたままの酒で、それを蒸留したブランデーやウイスキー、焼酎なんかが蒸留酒だな。平和と水がただで手に入る日本と違ってヨーロッパでは飲用水よりもワインやビールのほうが衛生的にもコスト的にも優れているからな。ヨーロッパだとビールやワインは生活必需品と考えられている」


 俺の解説をかい子がふんふんと聞いている。


「ところがだ、キリスト教ってのは現世をエデンの園から追放された罪を償う場所と考えているからな。そんな現世で快楽を得るなんてとんでもないと言う考えなんだ。そういうわけで、生活必需品の醸造酒はいいとしてもそこに蒸留なんて手間を加えた蒸留酒なんてとんでもない、断固禁止すべきという考えがあるんだな」


「でも、禁酒法は醸造酒だろうと蒸留酒だろうと関係なく禁止していましたよね」


「そうなんだ。最初はくだんのキャリー・ネイションさんも蒸留酒の販売を禁じるよう酒場にお願いしていたらしいんだが、だんだんエスカレートしていって酒場そのものをぶっ壊していったんだ。思想がエスカレートするのは第二次世界大戦中の日本での天皇信仰でも禁酒法時代のアメリカでもいっしょみたいだな」


「なになに、『キャリー・ネイションは1900年から1910年の間に破壊活動を行っていた』……なんだ、これ第一次世界大戦がはじまる前じゃないですか。あたしはそのころヨーロッパを見物していましたからねそのころのアメリカなんて知りませんよ」


 そうかそうか、かい子。確かに禁酒法が制定されたのは1919年だが、それ以前から禁酒運動はアメリカの州レベルでは広まっていたんだ。キャリー・ネイションは過激派だが、1869年には禁酒党、1873年にはキリスト教婦人矯風会なんてものもできている。それを知らなかったから俺の叙述トリックを見抜けなかったとでも言いたいのかな、かい子。


「ええと、アラタさん。『戦場では俺たちの祖国の兵士が命を懸けて戦っているってのに。さてはおまえら敵のスパイだな』というセリフは第一次世界大戦のヨーロッパ戦線ではイギリスとドイツが戦っているから、ドイツ系のりささん、えりさん、はなさんはドイツ人のスパイだとイギリス系アメリカ人にののしられていると」


「そうだ。『全国民が『欲しがりません』と禁欲的な生活を送ってしかるべき時に舞台だのなんだのと快楽を享受しやがって』と言うセリフは『禁酒法でアルコールが禁止されているのにアルコールを密造しやがって。そのうえ舞台だと? キャバレーでもやってんのか』ってことだな。実際、禁酒法時代のモグリの酒場はキャバレーみたいなものだったらしいし」


「聖書にのっとってお酒を撲滅しようとしているご婦人たちからすればキャバレーなんてありえないですもんねえ」


 月照荘はそんなFBIや婦人団体に襲撃されて、焼け落ちる歴史の運命だった。それを俺がりさ、えり、はなの三人に知恵をさずけてそのFBIや婦人団体を撃退。月照荘は戦車館と呼ばれるようになり、現在の俺の復讐劇の舞台になる……予定だったのに


 かい子のやつ。俺に禁酒法時代のアメリカの状況やアルコールについて延々説明させやがって。そんなに俺の叙述トリックが感動的だったのか、ざまあみろ。


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