第13話解説・其の6
「基本的にアメリカは第一次世界大戦にはヨーロッパ戦争には介入しない方針だった。『ヨーロッパのことなんて知らん』と言うことだな。そもそもいまでこそ第一次世界大戦なんて言われるが、当時はすぐに終わるものと思われていたからな。『クリスマスまでには帰るよ』なんてのは今では死亡フラグになっちゃったが、第一次世界大戦の時の兵隊さんは本気でそう思っていたんだろうな」
「ところが、ふたを開けてみれば泥沼の長期戦争になっちゃったわけですもんねえ、アラタさん」
「そうだ。そこに同盟国であるイギリスやフランスからの援軍のお願いや、兵器を売りたい軍需産業のロビー活動のおかげでアメリカでも戦車が生産されたんだ。ヨーロッパにも送られたらしいが、実践では使われなかったみたいだな」
俺はウィキペディアで読んだだけの知識をかい子に得意げに披露する。かい子は何か言いたそうにしているが、俺の叙述トリックを見抜かなかったお前に文句を言う資格はないのだ。ざまあみろ。
「で、アラタさん。りささん、えりさん、はなさんのお父様がアメリカのために戦車を作ったと」
「そうだ。ドイツ系アメリカ人のお父様がアメリカのために戦車を作ってもそれがヨーロッパ戦線で使われることはなかったんだ。個人的にはヤードポンド法とメートル法の違いでお父様がアメリカ軍に文句を言われたと設定したんだがな。そんなお父様がアメリカに絶望して、アメリカに敵対していたドイツの軍に身を投じるとは泣かせる話じゃないか」
「ああ、お父様が。『同胞が戦地で戦っているのに、自分が参戦しないわけにはいかない。これも陛下のためだ』なんて言っていたと言うシーンがありましたね。同胞ってのはドイツ人で戦地は第一次世界大戦の時のヨーロッパ。陛下はドイツ皇帝だと」
そういう事だ、かい子。同胞イコール自国民って言うのはその国で生まれ育った人間の先入観だぞ。移民のお父様なら自分が産まれたドイツと移住したアメリカの間で複雑な感情を抱いても不自然じゃないんだ。
「となると、アラタさん。りささん、えりさん、はなさん、それにお父様が『非国民』なんて呼ばれていたのも気の毒な気がしますね」
「ほう、かい子もそう思うか。ドイツ系移民がイギリス系のアメリカ人に『非国民』なんて言われるのは屈辱的だろうな」
「ちなみにアラタさんは……」
「俺は日本生まれの日本育ちだからな。そのあたりの機微はちょっとわからないが……」
「そんなアラタさんがなんで第一次世界大戦の時のアメリカでりささん、えりさん、はなさんと英語でコミュニケーションできるんですか。否定疑問文のくだりとか、ジェスチャーのくだりとか劇中のアラタさんはどう考えても基本的な思考パターンは日本語じゃないですか」
けけけ、かい子。そんなものは劇中の俺がバイリンガルで英語ペラペラと言う設定にすればいいのだ。なにせフィクションなんだからな。現実の俺が日本語しか話せないとかそんなことは関係ないのだ。
「じゃ、じゃあアラタさん。あの唐突に登場した劇場。個人の邸宅には似つかわしくないなんて言ってたあの劇場にも何か意味があるんですか? 名探偵の孫が活躍するマンガの初回になぞらえただけじゃないんでしょ」
「ああ、ちゃんと意味があるぞ、かい子」
「早く教えてくださいよ、アラタさん。意地悪しないでください」
そうせかすな、かい子。そんなに俺の叙述トリックが衝撃的だったか。くっくっく。
「月照荘の劇場ではライムライトが使われていると描写しただろう、かい子」
「そうでしたね、アラタさん。白熱電球じゃ雰囲気が出ないとかなんとかって理由で」
「そのライムライト。石灰が使われているんだが……その石灰を使えば蒸留では実現できなかった濃度99.5パーセントのエタノールが生成できるんだ」
かい子がきょとんとしている。よしよし、俺がウィキペディアで調べただけの知識を教えてやる。
「いいか、かい子。蒸留ではせいぜい96パーセント程度の濃度のエタノールしか作れない。しかし、そこに石灰……化学式でCaOを投入するとだな、
CaO+H2O→Ca(OH)2
となる。つまり、水分が除去されるんだ」
「へええ、よくそんなもの見つけましたね、アラタさん。白熱電球が実用化される前に舞台照明として利用されていた石灰を使えばエタノールを脱水できるんですか。それならぎょうぎょうしい舞台にライムライトなんてものがある理由づけになりますね」
「その通りだ。これを知った時はうまく話が転がると思ったぞ。禁酒法時代のアメリカ。そこにある現代では古臭くなってまずお目にかかれないライムライト。それがエタノールを脱水してくれるんだからな」
俺はチート能力でガソリンをじゃぶじゃぶ出していたように表現していたが、その実はビールを蒸留して濃度96パーセント程度のエタノールを作って、さらにそれを石灰で脱水するなんてことをちまちまやっていたのだ。仁先生がペニシリンを現地生産していたように。
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