第12話解説・其の5
「そして、『血の一滴ともいえる工業の土台』ですか、アラタさん」
「そうだ。『油の一滴は血の一滴』であるガソリンではなく、『生命の水』であるウイスキーだ。言っておくが、ガソリンが一般化する前に自動車の燃料としてエタノールがアルコール燃料として内燃機関に使われていたんだぞ。だから『工業の土台』と言う表現もアンフェアでない」
「いろいろ調べたんですねえ、アラタさん」
それはもう。俺の『十六角館の殺人』を本格ミステリーとしては45点なんて採点したお前をぎゃふんと言わせたかったからな。アルコール燃料としてのエタノールや、石油がアメリカで採掘されガソリンがエタノールにとってかわった歴史まで調べたんだ。ネットで。かい子にもっと驚いてくれないと困る。
「『うちが作ったものがみんなの血肉になる』というのは……」
「かい子、それはだなキリストが最後の晩餐で『パンがわたしの体、ワインがわたしの血』なんて言ったからだな。りさ、えり、はなはワインも手掛けていたっていいだろう。なにせ、酒で財を成したんだ。ビール以外に手を広げたって不思議はない」
「なにせアメリカが舞台ですからね。キリスト教をモチーフにした表現がされても不思議じゃあないと言うことですか」
その通りだ、かい子。禁酒法時代のアメリカが舞台なんだからな。
「そして、かい子。りさ、えり、はなの三人は飲むお酒としてのアルコールを作っていたんだ。そんな三人が、蒸留では作れない度数99.5パーセントなんてエタノールを見せられたら驚くのも無理はないだろう。酒造りの専門家だからこそ、飲むにはきつすぎる度数99.5パーセントなんてエタノールに驚いたんだ」
「そんなに度数99.5パーセントってきついんですか、アラタさん?」
「もはや度数が高すぎて消毒薬にすらならないってレベルだからな。揮発性が高すぎてかえって消毒薬としては役に立たないから水で薄めなければならないんだ。もうアルコール燃料として特化しているわけだな。おっと、消毒薬という言葉に反応したな、かい子。それについてはあとでゆっくり説明してやる。とりあえず、俺の叙述トリックを聞くんだ」
消毒薬と聞いて、かい子が何か言いたそうにしたが俺はそれを制して叙述トリックの説明を続ける。禁酒法時代のアメリカが舞台と言うことに気づかなかったお前が悪いんだ。
「そして、俺がりさ、えり、はなの三人に国に敵対するようそそのかしたな。国に尽くすなんてナンセンスとかなんとか」
「ああ、『進め一億火の玉だ』とか、『欲しがりません勝つまでは』なんてスローガンを掲げていた第二次世界大戦中の日本ならありえないでしょうが、第一次世界大戦の時のアメリカなら十分あり得るでしょうね、アラタさん」
「そうだ。なにせ『国のやる事に文句があったらいつでもだれでも銃を手に取って武装蜂起していいからな』なんてことが憲法に人民の権利として明記されているような国だからな、アメリカは。その辺のスーパーで銃が買える国だから、禁酒法に納得がいかなくて戦車で立てこもるくらいあり得るだろう」
俺はりさ、えり、はなの三人にアメリカ人としての自立心を尊重させただけなのだ。
「ちなみに、アラタさん。ラブアンドピースですが……」
「おお、気づいたか。ラブアンドピースは『Love and Peace』だが、これを正確に日本語表記しようとするとラヴアンドピースゥなんてことになる。日本語には英語の『V』にあたる発音がないからな。というわけで、日本人が『ラブアンドピース』なんてアメリカ人に言うと『Rob and Piss』と解釈されて、『こすって小便しろ』なんて意味に取られる」
「『愛と平和』どころかけんか吹っ掛けているようにしか聞こえなせんね、アラタさん。まあ、いまから国とドンパチしでかすんですかららしいと言えばらしい表現なのでしょうが……」
さあ、そして戦車の登場だ。
「それで、アラタさん。第二次世界大戦中の日本の民間人が戦車を所有しているのはいくらなんでも無理があるでしょうが、第一次世界大戦の時のアメリカならありえるんですか」
「それがありえるんだなあ。そもそも戦車ってのは、第一次世界大戦の時に発明されたんだ。塹壕に立てこもった兵隊同士が銃撃戦を繰り広げていたので戦況が膠着してしまった。それを解消するために少々銃で撃たれたくらいではびくともしない戦車で塹壕を制圧したんだ。その不格好さから
「でも、それってヨーロッパ戦線でのお話しでしょう。戦地にならなかったアメリカに戦車があったんですか、アラタさん」
うふふ、かい子がそう聞くと思ってちゃんと調べておいたんだ。第一次世界大戦の時のアメリカに戦車があったと言う事は歴史的事実なんだ。禁酒法時代のマフィアが戦車を手に入れてFBIとどっかんどっかんやりあうってことが現実に起こりえたんだぞ。
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