第11話解説・其の4

「アラタさん。そして、りささん、えりさん、はなさんの三人に自分のことをアルなんて呼ばせてましたね。そしてあたしはカイですか。まあ、英語圏のアメリカでの話ですからアラタやかい子なんて名前が珍しがられるのもわかりますが……」


「でもかい子。『登場人物が英語で話しているんじゃないか』なんて勘繰ってはいたものの、結局のところ禁酒法時代のアメリカの話だってことはわからなかったんだろう?」


「そうですね、アラタさん。第二次世界大戦中のアメリカだったらガソリンが不足していることはないわけですし」


 そういうことだ。かい子め、まんまと俺のミスリードに引っかかりやがって、いい気味だ。


「アラタさん、『アルって中国人か、俺は』なんて地の文で語らせておいて……英語圏だったらアルにカイは普通の名前ですもんね」


「その通り。『お前らの国が全世界と考えてはいけないぞ』なんてセリフも自分たちの国の野球のトップを決める試合をワールドシリーズなんて言うアメリカ人を示唆してるんだな」


「なるほど。第二次世界大戦中の日本人が自分の国を『神国』だなんて思っていたことを指しているわけではなかったんですね」


 かい子が俺の種明かしにいちいち感心するのはたいへん気持ちがいい。


「『月照荘』って屋敷の名前も何か意味があるんですか、アラタさん」


「もちろんだ。密造酒のことを英語でムーンシャインと言う。『月照荘』と言うのはそこからつけた。禁酒法なんてものが定められたが、酒を造り続けるりさ、えり、はな一家の心意気を『月照荘』と言う名前に込めたんだ」


「それで『鬼畜米英』ですよ、アラタさん。あたしも『舞台はアメリカかな』とも思いましたが、りささん、えりさん、はなさんが『鬼畜米英』なんて言ってますもん。『やっぱり日本が舞台なのかな』なんて思っちゃいますよ」


 そこだ、かい子。俺の今回の作品のキモは。いまからじっくり解説してやるからしっかり聞くがいい。


「いいか、かい子。禁酒法が定められた時、アメリカで酒造りをしていた民族はドイツ系だったんだ。アメリカではビールが人気の酒。ビールと言えばドイツ。そういうわけで、アメリカではドイツ系の民族が酒造りをしていたんだ」


「あ、アラタさん。ドイツってたしか第一次世界大戦でアメリカと敵対していましたよね」


「そうだ。アメリカはイギリスやフランスと同盟を結んでいた。そしてドイツ相手にドンパチしていたんだから、当然アメリカのイギリス系の民族はドイツ系民族をを毛嫌いする。禁酒法はドイツ系を憎たらしく思うアメリカの多数派だったイギリス系民族が作ったともいえる」


「となると、りささん、えりさん、はなさんの一家はドイツ系だったんですか?」


「そうだ。アメリカ生まれのアメリカ育ちだったりさ、えり、はなの三人がドイツ系と言うだけで迫害されたら『鬼畜米英』なんてぼやきたくもなるだろうさ」


「ほほう。『アメリカと敵対していた日本人』と思いきや『アメリカと敵対していたドイツ系』というわけですか、アラタさん。参りました。完敗です」


 そんなことを言いながらかい子が両手を万歳して俺に降伏した。俺に『完敗』したかい子をつまみに『乾杯』したい気分だ。エタノールで。


「ということは、アラタさん。『陛下』と言うのも日本の天皇陛下じゃないんでしょう」


「そうだ。第一次世界大戦中のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世だ。皇帝陛下も天皇陛下も英語では同じく『His Majesty the Emperor』だからな。そもそも天皇というものを英語一言で表現するのが無理なんだからこのくらいはアンフェアじゃないだろう」


「当然、りささん、えりさん、はなさんの三人は『天皇』と言う言葉は使っていないんでしょう、アラタさん」


 当たり前だ。そんなアンフェアなことはしていない。


「そうだ、かい子。りさ、えり、はなが信奉しているのはあくまでドイツ皇帝ヴィルヘルム2世だ。アメリカに住んでいても自らの民族のルーツであるドイツの皇帝を敬うことは不自然じゃないだろう。イギリス系アメリカ人がエリザベス女王を敬うようなものだ。禁酒法なんてもので家業をつぶされて迫害されたんだからなおのことだ」


「ほうほう。『輸入を中止された』とはなさんが言っていましたね。これも当然第二次世界大戦中にアメリカからの石油が輸入されなくなったことではなく……」


「禁酒法でカナダやメキシコからの酒の輸入が禁止されたことだ。だが、現実問題として酒をシャットアウトすることなんて不可能だ。その禁止された酒を闇で売買することで儲けたのがイタリア系マフィアで、そのイタリアとドイツ、そして日本が第二次世界大戦で手を組むのは感慨深いな」


 




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