第10話解説・其の3

「そして、アラタさん。劇中でアラタさんがチート能力で燃料……ガソリンでなくエタノールですが……を生み出しましたね。これって、ひょっとして魔法とか使わなくてもできるんじゃないですか?」


「そうだよ。スピリタスってアルコール度数96パーセント程度の酒があるから、禁酒法時代のアメリカの技術水準でも十分可能だ」


「ええと、つまりこういうことですか。『女神さまに与えられたチート能力でガソリンを産み出していると思わせて、実は現地の設備や技術でエタノールを作っていた』と」


 気づいたか。『十六角館の殺人』ではチート能力で十六角館を建設したりしたが、今回はエスエフ要素はタイムスリップだけにしてある。禁酒法時代のアメリカにタイムスリップしたアラタ君とかい子が現代知識だけでなんとかしていくストーリーだ。


「ひょっとして、あたしが女神って設定もいらないんじゃないですか、アラタさん」


「そうだな。普通に人間である男女の二人がタイムスリップした設定で十分行ける。もっと言えば、タイムスリップするのは俺一人で十分だ。なにせ、タイムスリップしてからは魔法なんてものは必要ないんだからな」


「また、南方仁先生のペニシリンみたいなこと言い出しましたねえ。専門知識がいらない異世界なろう小説だと思っていたのに。なんで引きこもり続けていたアラタさんがそんなアルコール発酵なんてこと知っているんですか」


 かい子がふてくされている。けっけっけ。


「それはだな、小学校時代に俺がいじめられた原因が夏休みの自由研究で市販のビールを蒸留してアルコールランプに仕えるレベルの度数の高い蒸留酒を作ったからだ。教師に『酒税法違反』だとぶん殴られたがな。それ以来、俺に近づく奴はいなくなった。人体実験でもされると思ったんじゃないか」


「それは……なんというかハイレベルな小学生で、アラタさん」


「しかしだなあ、俺はアルコール発酵をしたわけじゃないんだぞ。酒を密造したわけじゃない。ただ、市販のビールからエタノールを蒸留して度数を高くしただけだ。ビールからアルコールを分離しただけで酒税法違反だなんて理不尽じゃないか」


 そもそも、中学で蒸留を教えるときに蒸留酒について言及するべきなんだ。『蒸留はとっても役に立つんだよ。ウイスキーもブランデーも蒸留で作られるんだ』なんて言えばイリーガルなことに興味津々で体育館裏でタバコを吸っていたようなサッカー部の連中も食いついただろうに。なにが『学習要綱に書いてないので教えられません』だ。ふざけやがって。


「ですが、アラタさん。それを酒造りを生業としていた一家のりささん、えりさん、はなさんが知らないと言うのは無理があるんじゃないですかねえ。『こんな燃焼効率のいい液体は初めて見た』とか言わせちゃって」


「ああ、それはだな。蒸留だと濃度96パーセント程度のエタノールまでしか精製できないんだ。それを戦車の燃料として使おうとすると、不純物……主に水だが……がエンジン内部でのエタノールの気化燃焼を阻害してエンジンの回転が落ちるんだ。それを防ぐために、ちょっとしたテクニックで劇中のアラタ君にエタノールの純度を99.5パーセントまで上げてもらっている」


「それはどんな方法なんですか、アラタさん」


「それはまだ秘密だ。お話が進む中で明らかになるように話を構成してある。まあ、飲酒業界のりさ、えり、はなの三人が知らなくても無理はない設定にはしてあるつもりだ」


「じゃあ、はやく続きを話してくださいよ、アラタさん」


 言われなくても、俺がどれだけ伏線をはったか説明してやる。覚悟しておけ。


「劇中のアラタ君がエタノールを『この国にはほとんどあるはずがない』なんて地の文で言わせてるんだなあ。『日本には第二次世界大戦時だからガソリンはほとんどない』と思わせて『禁酒法時代のアメリカだからエタノールはほとんどあるはずがない』んだ。実際には禁酒法はざる法で密造酒が横行していたらしいが、そこを『あるはずがない』と表現したんだ」


「くやしい。だから『日本』じゃなくて『この国』だったんですか」


「そういうことだ。『この』とか『あの』とかといった代名詞で読者に間違った方向に誘導させる……今回はアメリカを日本と誤認させたんだが……ことが叙述トリックのだいご味だな」


 くやしそうにしているかい子を見るとなんともすがすがしい。すっとする。


「『灯火管制』という言葉にも注目してほしいな。第二次世界大戦中の日本が行っていたアメリカの空襲を恐れた灯火管制と思わせて、禁酒法時代にモグリの酒場がこそこそネオンサインを消していたことを表現していたんだ。どうだ、まいったか」


「まいりましたから、早く続きを説明してくださいよ、アラタさん」


「そうかそうか。では続きを説明してやろう。心して聞くんだ」


 誰かに感心しながら自分のミステリーの種明かしをすることがこんなにも気持ちがいいことだったとはな。

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