第9話解説・其の2
「アラタさん。じゃあ、お話しの中でアラタさんとあたしが両手で頭上に丸印を作るシーン。『ひょうきん族世代じゃないとわからない』なんて表現していたところ」
「ああ、あそこか。そこにも気づいたのか。俺のはった伏線にいちいち引っかかるとは優秀な聞き手じゃないか、かい子」
「『これは登場人物の会話は英語で話されているのではないか』と疑っていましたからね。それくらいは気づきますよ」
会話が英語でされていると言うことまでは気づいていたのか、かい子さん。惜しかったな。そこまで気づけば真相に気づくまであと一歩だったのに。
「日本人のする〇×がアメリカ人にはわかってもらえませんからね、アラタさん。アメリカだと正解のしるしは『レ』みたいにチェックマークを使いますからね。『正解』とか『その通り』だなんて意味で両手で頭上に丸印を作ったってアメリカでは伝わりっこありませんよ。ひょうきん族世代もなにもありません」
「その通り。良く知っているな、かい子。その様子だと国産ミステリーだけじゃなく海外のミステリーも読みこんでいるようで」
「ええまあ。日本のミステリーだけじゃなく、アメリカやヨーロッパのミステリーも読んでいますよ。ですから、アメリカ人は不正解の時には未知数Xの意味で×と表記したり0点と言う意味で〇を書いたりするってことも知ってます。ああ、ややこしい」
俺に『日本のガソリンの話だと思っていたらアメリカのエタノールの話だった』と騙されたことが相当腹に据えかねているみたいだ。かい子は俺が『国産』と『海外の』なんて言ったところをわざわざ『日本の』と『アメリカやヨーロッパの』なんて言いかえている。そのいらだちをアメリカ人の不正解の表記の一貫性のなさにぶつけているみたいだ。うしゃしゃ。
「で、アラタさん。月照荘に突入してきた警官隊や群衆にアラタさんが『こっちにこい』とジェスチャーで示すシーン。あれは日本人のアラタさんがしたんですから、片手の手の甲を上向きにしてひらひらしていたんでしょう」
「そうだ。そのジェスチャーはアメリカ人には『あっちいけ』と解釈されるがな」
「そこで、警官隊や群衆が侮辱されたと思ったわけですか。『敵前逃亡なんてだれがするか』なんて言わせちゃって。わざと漢語を使っていませんか。英語を日本語に訳すのに漢語をいっぱい使うなんてアンフェアじゃありませんか」
なんとでも言え。俺の叙述トリックにお前がぎゃふんと言わされたのは紛れもない事実なんだ。
「で、かい子。結局、月照荘が禁酒法時代のアメリカに建てられていた建物だと言うことには気付いたのかな」
「気づきませんでした、アラタさん。『十六角館の殺人』が離れ小島だったんだから月照荘が日本の建物じゃないことも視野に入れるべきだったのに。アラタさんが『日本の戦時中の話』なんて言うから」
「俺と言う信頼できない語り手に騙されたようだな。さあ、今から俺が仕込んだ伏線を解説してやろう」
本格ミステリーで騙した相手にそのタネを披露するのは実に快感だ。
「そもそも松で作った代用品だな。日本が第二次世界大戦時に松の根をほじくり返してそこから松根油なんてものを作ってガソリン代わりにしようとしたことは説明したな」
「ええしましたね、アラタさん。ですからあたしもアラタさんの信頼できない語りに騙されました。そういえば、月照荘での話になると松根油とは言ってませんでしたものね。かたくなに代用品とか言っていました。で、禁酒法時代に松でお酒の代用品が作られたなんて事実はあるんでしょうね」
「当然だ。いいか、砂糖水に松の新芽を何本か突っ込んでおくと新芽の酵母がアルコール発酵を起こしてサイダーが作れる。これはクッキングパパで紹介された方法だが、どこぞの国営放送のみりん酒みたいに酒税法違反だということでお蔵入りになったことはない」
色々調べたら、松の新芽でのアルコール発酵でも、度数1パーセント以上になってしまい酒税法違反になる可能性はあるみたいだが……まあ、禁酒法時代のアメリカの話だ。細かいことはいいだろう。
「なるほど。松の葉サイダーですか。しかし、それがりささん、えりさん、はなさんにはお気に召さなかったんですね、アラタさん」
「そもそもりさ、えり、はなのお父様が酒で財を成したと言う設定だからな。そんな一家が禁酒法にぶつくさ言うのはごく自然だろう」
「そんなこと説明してましたっけ」
「していない。裸一貫で成り上がったくらいにしか表現していないな。いっそのこと劇中のアラタに『オイルマネーで成り上がった中東の金持ちみたいなことしやがる』なんて地の文で語らせてもよかったな。なにせ、信頼できない語り手による地の文だからな。そのくらいのミスリードはしてもいいだろう」
調子に乗る俺をかい子が恨めしそうに見つめている。けけけ。
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