第8話解説・其の1

「えええ、アラタさん。ちょっと待ってください!」


「なんだ、かい子。これからだな、『月照荘を戦車館に改名するんだ。そして、誰ともかかわらずに自給自足で生きていくんだ』なんてりさ、えり、はなの三人にさとしてだな、戦車館と言う不気味な館を作り出して、そこを舞台に俺の復讐計画を実行するのに」


「そんなものどうだっていいですよ!」


「『どうだっていい』なんてごあいさつだな、かい子さん。あんたは俺が数十年間引きこもっている間にたまったうっぷんがどんなものか楽しみたいんだろう。社会派ミステリーとして。いまからそれを披露してやるって言うのに。とりあえず次は俺の小学校時代にタイムスリップしてだな」


 俺は小学校時代に受けたいじめを思い出そうとするが、かい子がそれをひきとめる。


「そんなの、『十六角館の殺人』の時みたいに小学生の時にアラタさんが殺されたことにして、現代に舞い戻っていじめっ子やら先生やらを呼び出していじめっ子を殺して先生に濡れ衣を着せるんでしょう。そんな前作と同じパターンはもういいですから……」


「前作と同じパターンとはひどい言いようだな、かい子さん。たしかにそのパターンで行くつもりだったけれど……しかし、かい子はそう言うのがお好みなんだろう。俺だって本当はトリックを使いまわすようなまねはしたくないんだけれど……しかし、読者であるかい子がそれを望んだんじゃないのか。『作者の書きたいものと読者の読みたいものが一致するとは限らない』なんて」


「たしかにそう言いましたけれど……でも!」


 全くなんなんだ、この女神さまは。社会派ミステリーが好きだから俺に鬱屈した感情をねちねち書けと言いながら、今度はそれを引き留める。勝手なやつだ。


「ええと、いいですか、アラタさん。アラタさんのお話をあたしは『ガソリンが欠乏した第二次世界大戦時の日本の話』だと思っていましたが、『禁酒法でアルコールが禁じられたアメリカの話』だったんですか」


「そうだよ、騙されたか」


「騙されました、アラタさん」


 かい子がふくれっ面をしている。俺の叙述トリックに騙されたか、ざまあみろ。『十六角館の殺人』での性別誤認トリックをこきおろしやがって。俺だってこれくらいのお話は作れるんだ。


「アラタさん。ええと、禁酒法ってのはいつの話でしたっけ? 西暦で言うと」


「制定されたのが1919年。施工されたのが1920年だ。ちなみに第一次世界大戦が終結してベルサイユ条約が制定されたのが1919年。いくいくいっちゃうベルサイユと言う語呂合わせだな。だから……」


「さっきのアラタさんのお話の戦争って……」


「第二次世界大戦じゃなくて第一次世界大戦だよ」


 俺が答えると、かい子さんはうろたえる。


「でも、アラタさんは第二次世界大戦の時のガソリンが欠乏した日本の話だって……」


「おやおや、ミステリーの女神さまであるかい子さんともあろうお方がなにをおっしゃられます。鍵かっこの中の文は信用ならないと自分でおっしゃっていたではありませんか。たしかに俺は『第二次世界大戦の時のガソリンが欠乏した日本の話』をすると言いましたがね、あれは嘘です。ざまあみろです」


「嘘って、アラタさん」


「かい子さんも『自分が本格ミステリーの女神』なんて嘘をついたじゃありませんか。これでおあいこですな」


「とりあえず、そのうさんくさい手品師みたいなですます口調を辞めてもらえますか、アラタさん。騙されたこともあって腹が立ってきました」


 そうかそうか。腹立たしいか、かい子。45点の本格ミステリーしか書けない俺に叙述トリックで騙されて不愉快ですか。いい気味ですな。


「じゃあ、とりあえずここまでの感想を聞かせてもらおうかな、かい子さん」


「それじゃあ言わせてもらいますが、アラタさん。本題に入るとガソリンって単語を使いませんでしたよね。燃料とか液体とかって言葉で表現していたじゃないですか。その時点で『おや?』と思いましたね」


「まあこの話は登場人物がガソリンをエタノールと思い込んでいるわけではないしな。鍵かっこの中の文だろうと地の文だろうと、俺が生み出したものをガソリンと言うのはフェアじゃないからな」


 俺の言葉にかい子が悔しそうにしている。ざまあみろ。


「はなさんの『お前ら、ただの人間ではないな』にアラタさんとあたしがうなずくシーンありましたよね」


「お、気づいていたか。さすがはミステリーの女神さま」


「茶化さないでください。否定疑問文に対する答え方の日本語と英語の違いは有名ですからね。コナン君のライバルキャラにアメリカ人が『あなた、ただの少年じゃないです』って質問するシーンですよ。そこで『あれ、これって登場人物は英語で話しているんじゃあ』と思いました。となると、『りさ、えりって英語でもある名前だな』と考えましたよ。『Lisa』『Elly』だと。でも『はな』は」


「それは『Hanna』だな。日本語だとハンナだが、ネィティブの発音だとハナが近い。というわけで『はな』だ」


「なら、『Elly』も『えりー』じゃないとフェアじゃないんじゃないですか」


「そのへんは、英語を日本語表記するのがそもそも正確性に欠けると言うことで」


 俺の言葉にかい子は納得がいってないようだ。実に気分がいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る