第7話戦車館の殺人・其の6

「この非常時になに家に閉じこもっていやがるんだ、この非国民ども」

「戦場では俺たちの祖国の兵士が命を懸けて戦っているってのに。さてはおまえら敵のスパイだな」

「全国民が『欲しがりません』と禁欲的な生活を送ってしかるべき時に舞台だのなんだのと快楽を享受しやがって」

「こんな屋敷は取り壊すに限る」


 俺の眠りを窓の外のざわめきが覚ます。窓から外を見ると警官隊に群衆が暴徒と化して月照荘を囲んでいる。りさ、えり、はなの一家は世間にかなりの恨みを買っていたようだ。いまにも月照荘に突入してきそうな勢いである。


「おい、アルにカイ。起きるんだ。とうとうやつらが月照荘を取り壊しに来やがった。くそ、なめやがって。このりさ様が戦車で蹴散らしてやる」


「りさの言う通りですわ。あんなおかみの言う事だからってわたくしたちを迫害するような人間を懲らしめてやりますわ。まったく、すこしは自分の頭でものを考えてもらいたいですわ」


「さあさあ、戦車を起動させるぞ」


 りさ、えり、はなが俺とかい子を起こしにやってきた。本来の歴史ではりさ、えり、はなの三人はここで暴徒に殺され、月照荘も取り壊される。しかし、未来からタイムスリップしてきた俺のチート能力でその史実は覆されるのだ。


「くそ、あこぎな商売で俺たちから金を巻き上げやがって。こんな豪邸ぶっ壊してやる」

「こんなタンク、さっさと破壊してしまいましょう。こんなものがあるから争いごとが起きるのよ」

「貴様ら非国民、神妙にするがいい。われわれ官憲のお縄を頂戴するがいい」

「神聖不可侵な我らに怖いものなし!」


 そんなことを言いながら、警官隊や群衆がなだれ込んできた。そんな自分たちが正義と信じて疑わないやつらに制裁を加えてやる。


「アルにカイ。乗り込んだな、戦車を起動するぞ。くそ、あいつら。なにがあこぎな商売だ。ふざけやがって」


「りさの言う通りですわ。お父様が成し遂げた我が家の商いを侮辱されて黙っているわけにはいきませんわ」


「エンジン点火! お前らが用なしと判断した戦車がお前らを追い出すんだ!」


 りさ、えり、はなの三人は戦車に乗り込んで各自の持ち場についている。りさが操縦席に乗り運転を担当し、えりが砲塔を操作する。さすがに月照荘内で実弾をぶっ放すのはまずいので砲撃はしないように決めた。まあ、相手にする警官隊や群衆の武器だってせいぜい拳銃がいいところだ。そんな相手には実弾をぶっ放す必要もないだろう。


 さて、こうなるともう戦闘開始だが開戦の合図といこう。俺は手をおいでおいでと振ってジェスチャーで示すが、どうにも伝わらない。


「なんだ、あいつは。我々を挑発しやがって。ここまできてあっちいけだと。ふざけやがって」

「俺たちが敵前逃亡するなんて臆病者だと言うのか」

「誰が逃げるか」

「たたきのめしてやる」


 話の通じないやつらだ。しょうがないので、はなに俺とかい子は砲塔に乗って突入してきた警官隊や群衆に俺がチート能力で生み出した燃料をぶっかけていくことにする。なにせ、俺特製の燃焼効率抜群の燃料だ。そんなものをぶっかけられたら……


「うわあ、からだがひりひりする」

「こんなものをまき散らすなんて。何を考えているんだ?」

「いいか、お前ら。銃器の使用を禁ずる。火気厳禁だ」

「タバコなんて絶対に吸うんじゃないぞ」


 こうしてあわてふためくことになる。そして、この燃料は揮発性が非常に高い。そんなものが屋敷内で充満するのだから、突入してきた連中にしてみたらたまったものではない。


「なんてこった。この非常時にこんなものをこれだけためこんでいたなんて」

「いったん引くぞ。こんな空間にこれ以上いられない」

「まったく、これだから非国民は」

「国を愛すると言う気持ちがないのか」


 そんな捨て台詞を吐きながら退散していった。


「いやあ、愉快愉快。見たか、あいつらの青ざめた顔! いい気味だ。このりさ様に歯向かうからこんなことになるんだ」


「りさの言う通りですわ。お父様の誇りをこれ以上踏みにじりにはさせませんわ」


「それでは、アルにカイ。それにりさにえり。勝利の乾杯といこうじゃないか」


 俺たちの勝利に乾杯か。いいアイデアだ。


「それは良い考えだな、はな。よし、グラスを持って来よう」


「りさの言う通りですわ。こんなにすがすがしい気持ちなんですもの、乾杯せずにはいられませんわ」


「アルにカイも一杯やるだろう」


 そう言いながら、りさ、えり、はなの三人がグラスを持ってきて戦車の燃料口から度数99パーセントの高純度エタノールをくみ取る。


「いやあ、しかし酒もここまで度数を高めればガソリンに勝るとも劣らない燃料になるんだな。このえり様もこんなきつい酒は飲んだことがないぞ」


「りさの言う通りですわ。ここまでいくと酒と言うより薬ですね」


「戦車ちゃん。エタノールはおいしいかい? いっしょに乾杯しようね」


 りさ、えり、はなの三人がエタノールで満たされたグラスで戦車と乾杯している。いい眺めだ。こんな素晴らしい酒を禁酒法なんてもので禁じるなんてアメリカも馬鹿なことをしたものだね。

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