第6話 8712円(消費税込み)
ガラス戸の向こうには、体の大きな男がいた。
何度もドン、ドンとノックと言うにはあまりにも重い一撃を続けている。
ここままじゃ壊される。
そう思い慌てて入り口に駆け寄り、鍵を開ける。
少しだけ身の危険を感じないではなかったが、さっきも考えた通り盗みに入るならもっと良いやり方があるし、閉まっているはずの店内に人がいる事を知る事も無理だろう。
そう安全だと判断して、その奇妙な来店客を前にした。
「お、やっと人がおった!」
その男は巨体にふさわしい大声を上げると、すさまじい勢いで自分の事情を話し始めた。
ただでさえ久しぶりの接客、そう呼んでよければだが、な上にのべつ幕なししゃべり続けられるので要点を掴むのに苦労したが、男の話を要約すると
「最近出所したばかりのアニキがどうしても読みたい本があるから探している」
という事らしかった。
出所ってどこからだろうとか、アニキとは何者あろうとかいくつか疑問はよぎったが余計な事は言わずに、男の探しているという本をなんとか聞き出した。もう何年どころか十数年前に連載が終了している漫画だった。単行本の最終巻が出て以降、新装版や文庫サイズで再刊したという話も全くない。当然、店内に置いているわけもなかった。
そのことを告げると、男は気の毒な程しょげかえっていた。
なんとかしたいと思わないではないが、たとえ絶版ではなく出版社に在庫があったのだとしても、最早出版社に人がいる可能性はずっと前から皆無だった。
古本屋も、少なくともこの周辺の店舗で営業しているのは数ヶ月見かけていない。電子書籍という手段も思い浮かんだが、記憶では出ていなかった。
いくら考えても、手に入れる手段はなかった。
「おい、あれ、なんだ」
しぼんでいたと思っていた男から突然話しかけられて驚く。男が指さした先は新刊、といってもずっと更新されていなかったが、のコーナーで、そこには『デーモンバニッシャー』の既刊が並べられていた。
おそらくは漫画に詳しくないだろうその男に主人公が敵討ちをしていく話だと訥々と説明すると、何を思ったのか男はその漫画でいいから全巻売ってくれと言い始めた。
今は営業していないしレジも動いてないので売る事は出来ないと説明したが、男も男で手ぶらで帰るわけにはいかないしアニキに申し訳ないなどとまくし立てると、一万円札を放り出し、レジの近くに置いてあった紙袋に既刊十八冊を入れてそのまま出ていってしまった。
止める事も、お釣りを渡すことも出来ず、去っていく男を見ながら、せめて十九巻も渡しておけばよかったと思った。
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