第5話 ノックは必要

 休憩室で、途中のコンビニで買ったサンドイッチを食べる。

 他に誰もいないのには慣れた。静かなのもちょうどいい。

 休憩室のテレビは数ヶ月誰も電源を入れる者はいない。

 たまにつけてみようかと思う時もあるが、リアルタイムで何か番組をやっているのはもはや稀な事だし、再放送すらおぼつかないテレビ局も多くなっている。

 食事が終わったので、家から持ってきた本を読む。

 もし、家にあるまだ一度も読んでいない本が全て無くなったらどうしようと思ったが、その時はその時だし、来るとしてもまだ先の話だろうと気にしない事にした。

 読んでいるうちに一時間近く経ったので、休憩を切り上げる。

 午後からの作業は、漫画以外の雑誌を片付ける。以前と比べるとだいぶ減ったとはいえ、とても一人で店頭に出せる量ではないので、梱包されたままで店頭に置いて、前の号はバックヤードの返本置き場に戻す。

 それを繰り返すだけでどんどん時間は過ぎていく。

 作業しながら『デーモンバニッシャー』の新刊入荷の連絡の事が頭をよぎったが、とても一日や二日で終わる量ではないので続きは次の出勤の時にしようと決めた。

 そうこうしているうちに、夕方近くになろうとしていた。

 そろそろいつでも帰れるように片付けをしないといけないな。返本置き場の前でそう思った時。

 ドン。

 物音がした。

 ドン。

 ぎょっとして振り返る。

 一瞬、誰かが出勤してきたのかと思ったが、音のする方向はバックヤードではない。

 ドン。ドン。

 下の階だ。二階の入り口あたりだろうか。

 何かを叩く音だろうか。いや違う。ノックか?

 ドン。ドン。

 正直に言って、怖くなってきた。

 しかし、まさかこのご時世に強盗でもあるまい。そもそも強盗や何かだとして、わざわざノックするだろうか。

 空き巣狙いだとしたら、外もほとんど人が歩いていないのだから、何らかの手段でどうどうと入り口をこじ開ければいいのだからこれも違うだろう。

 そう思うと少し冷静になった。

 ドン。ドン。

 まだ誰かはノックらしきものをし続ける。

 うるさいなあ。

 面倒くさいが、確認しに行かないわけにはいかないだろう。

 エスカレーターは当然動いていないので、店の端にある階段を下って三階から二階へ向かう。さきほどまで作業をしていた雑誌のコーナーを通り過ぎて、店の一番大きな入り口に向かう。当然、営業していないのでガラス戸は締まった状態で、閉店中と書かれた張り紙も貼ってある。

 人がいた。

 誰かいるとは思っていたが、それでも少し驚く。

 コンビニやスーパーの店員以外で、直に他人を見るのがそもそも久しぶりだった。

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