第4話 名前にはフリガナを
サービスカウンターの中に入ると、棚に置いてある『デーモンバニッシャー 店控えその1』『デーモンバニッシャー 店控えその2』というバインダーを取り上げる。
三枚複写の紙をそれぞれ「店控え」と「売り場控え」に分けたもので、一枚一枚は当然普通の紙より薄いがそれが数百枚集まると片手で持つのにも苦労するほどの厚みと重さになる。
「1000件まで予約受けていいなんて言うからだよなあ…」
愚痴が思わずこぼれるが、半年以上前に今の状況を予測しろと言うのは酷な話なのは分かるのでそれ以上は止めておく。
とりあえず当面の問題は、この山のようにある予約伝票だ。
冷静に考えたら、無視しても良いはずだろう。
いくら人気があったからって、今この世間の状況で漫画の新刊が欲しいだろうか。
そもそも、この山のような伝票を書いていった人たちのうちどのくらいが、今これを受け取れる環境にあるだろうか。
そう考えたら、このままバインダーを4つともサービスカウンターに放り出して、別の作業に戻るべきだ。
じっと考える。
もしアルバイトの先輩がここにいたら、ぼうっとしてないで仕事しろと怒鳴られる程度にはじっとして考えていた。
そして、意を決するとバインダーを開いて、付箋に「あ」と書かれてある所の束だけ取り出した。
「とりあえず、最初だけ」
固定電話の受話器を取り上げると、一枚目の「相川圭太」と名前欄に書かれた伝票の電話番号に掛ける。
1コール、2コール、3コール。
15コール鳴らしてでなかったので、赤のボールペンで右端に済みと書いて、次の「会田桐子」という伝票の番号に掛けてみる。出ない。
青山。青柳。赤木。麻宮。浅生。新。穴井。
誰も出ない。
さすがに気が滅入ってきたが、それでも途中までやったのだから「あ行」だけは最後までやろうと続ける。
1コール、2コール、3コール。4コール、
「もしもし」
相手が出てドキッとしてしまう。出ても別におかしくはないというのに。
「あ、はい。私〇〇書店のスタッフのものですが、今年の4月に予約された本が本日入荷されまして、そのご連絡を差し上げているのですが…」
「ああ…」
電話の向こうの声はとても年老いた感じに聴こえた。
ちらりと伝票に目をやる。名前に見覚えがあった。自分で予約を受け付けた人だ。もちろんずいぶん前の事な上数えきれないくらい受け付けたので顔も声もほとんど覚えていないが、若い女性だったことくらいは思い出せた。
そんな事を考えている間にも、電話の向こうの相手は返事をしていた。
この電話番号は娘のスマートフォンのもので自分は母親なのだが、もう娘は本を読む事も出来ないし自分もそちらまで取りに行けるような状態ではないので、申し訳ないがキャンセル扱いにしてくれないかという事だった。
「はい、もちろん大丈夫です。突然お電話して申し訳ありませんでした。はい、失礼します…」
相手が電話を切ったのを確認してから受話器を置く。
なんだかとても疲れた。
時計に目をやると、もう正午をとっくに過ぎている。
休憩しようと思った。
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