第3話 専用バインダー二つ

 もう一度息を吐いて冷静になる。いったんこれは置いておくと決めて、売り場に戻って雑誌の陳列に戻る。

 新しいのを並べ終えると、前の号たちを台車に乗せていく。どれも一冊も減っていない。店が開いてないのだから当然だが、こっそり盗んでいく奴すらいないらしい。今や予定通り出る雑誌の方が少ないのだから仕方がない。

 半年前は「芽の出ない種を蒔いているみたい」と憂鬱になったが、慣れるものだ。

 その全く減っていない雑誌たちをバックヤードに運ぶと、返本用の棚へと放り込む。放り込んだ所でどうせ返本してくれる人が他にいるわけではないが。

 「いや、そうとは限らない」

 もしかしたら明日か明後日には、一人くらいまた物流のアルバイトが一人でも来てくれるかもしれない。そうしたらこの滞っている返品の作業も少しは解消する。

 もしかしたら雑誌のスタッフも来るかもしれないし、医学書のスタッフや実用書のスタッフも文庫本のスタッフも誰かはまた来るかもしれない。何十人もいるのだからまた来る事もたまにはあるはずだ。

 そう思って、とりあえず出来る範囲で新刊はそれぞれ選り分けていた。補充品が全く来ないのが不幸中の幸いだった。

 漫画雑誌の処理が終わると、裏に戻って改めてカートに乗った『デーモンバニッシャー』の新刊の山を眺めた。

 「まさか出るとはねえ…」

 本当なら半年以上前のゴールデンウィークに出ているはずの本を見てそうつぶやく。

 今の状況になっていわゆるベストセラーと呼ばれる本の発売は大きな影響を受けた。思うように部数が出ない、程度の事ならまだしも発売が中止になったりするケースも徐々に増え、今では電子書籍ですら遅延が発生している。

 ましてや「初回限定」というような特典があらかじめ封入されているようなひと手間がかかる本はここ数ヶ月発売された記憶がなかった。

 「日本一売れてた漫画の意地かな」

 そして、来たからにはやる事があった。

 19巻の発売が告知されたのは、『デーモンバニッシャー』の人気が絶頂の時で、その限定版が発売されるという事になった途端、全国の書店に予約の問い合わせが殺到した。あまりにも多いので、当初予約は受け付けないという事になっていたのだが、出版社側が大量に増刷する事を事前に決定したため、予約を受け付ける事になったのだ。

 この書店も近隣では一番大きな店舗というだけあって、地元中からの予約の問い合わせが来た。結果1200冊の入荷が決まったので1000冊までは予約を受けろというのが本部のお達しだった。

 もう大昔の事のように思える。当然今のようになるなんて夢にも思わなかった。

 「よし」

 気合を入れるように声出すと、事務所へと向かった。戸棚にある予約伝票を挟むバインダーの中から

『デーモンバニッシャー その1』『デーモンバニッシャー その2』

と書いてあるものを掴むと、それを持って今度は売り場の中を通りレジの一番端にある「お客様用サービスカウンター」と書かれた場所へと向かった。

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