第2話 週刊漫画誌(週刊とは限らない)
ハンガーに下がっているエプロンを付ける。店は開いてないのだから意味はないが、気持ちの問題だ。
事務所から出ると通路を通ってバックヤードに出る。巨大な業務用カートに乗った雑誌の束が、いつものように置いてある。
「毎度律儀にありがとう」
数年間一度もあった事のない運送会社のドライバーに感謝の言葉を言うと、エプロンのポケットに手を突っ込んでカッターを取り出す。結束バンドで縛られている雑誌の梱包をひとつずつ開けてばらしていく。雑誌を漫画雑誌とそうじゃない雑誌に分ける。
数は決して多くない、どころか数か月前の五分の一といったところだが、それでも一人でやるのはそれなりに時間がかかる。選り分けが終わり、周囲に散らばったビニールや雑誌の下に敷かれていた段ボールの切れ端を拾い集め、ゴミ袋に燃えるゴミと燃えないゴミと分けて放り込む。それぞれ一袋に収まるようにぎゅうと押し込むと、二つのゴミ袋をごみを置く用のカートに放り投げた。
選り分けた漫画雑誌を台車に載せると、そのまま店内に運ぶ。本来ならバックヤードで細かく分けてから開店前に並べるのだが、店は開いてないのだから構わない。
新刊の漫画雑誌を新刊棚に並べていく。月刊誌・隔月刊誌と並べていくところで、ふと手が止まる。
「あ、これは」
それは日本一有名な週刊漫画雑誌だった。正確には「かつては週刊」というべきだろう。半年以上前の春に週刊から隔週刊になり、それから二か月後に月刊になり、今は不定期刊行になっている。
前に出たのも二ヶ月は前の事だった。
「それでも出るんだなあ…」
感心しながら表紙を見る。そこには巨大な西洋の大剣を構えた少年の絵があった。『デーモンバニッシャー』という漫画の主人公キャラクターである。『デーモンバニッシャー』は悪魔に家族と恋人を殺された少年が悪魔狩人となり壮絶な復讐の旅をするダークファンタジーで、昨年アニメ化されたのをきっかけに記録的な大ヒット漫画となっていた。大ヒットの真っ最中にも関わらず、作者がTwitterで「今年で完結します」と年始に宣言し、物議をかもしたことでも有名だった。
その作品が表紙を飾り、横には「最終回!巻頭カラー」の文字が大きく躍っていた。
ついに終わるんだ。思わず仕事中なのに雑誌を手に取り開いてしまう。以前の半分ほどの厚さしかないそれをめくる。物語は悪魔の首魁との戦いに勝利したものの大きく傷ついた主人公が、喪った仲間や家族に思いをはせながら、それでも与えられた余生を精一杯生きていこうと誓い、未来に向かって旅立つ所で終わっていた。
『デーモンバニッシャー』は敵も味方も容赦なく死んでいくところが漫画ファンの間でも話題になり、その無常さが人気の一因でもあった。それだけに主人公も死ぬのではないかと噂されていたが、彼は生き残ったようだ。
「いやー、終わったかあ」
読み終わってすこし感慨にふけっていた所で、最後のページに気になる文章を見つけた。
「単行本19巻は同時発売です!遅くなって申し訳ありません」
同時発売?いや待てと思う。今日は、もとい今週は雑誌扱いの漫画単行本なんて入ってこないはずでは。そこでようやく、『デーモンバニッシャー』の19巻は初回限定版があってそちらは書籍扱いだった事を思い出した。
雑誌といったん置いておき、慌ててバックヤードに戻ってみる。
普段は書籍扱い品が置いてあるカートに、ざっと二十箱以上の大き目の段ボールが積まれていた。側面の張り紙には「デーモンバニッシャー19 40」と書かれている。40というのは中に入っている冊数の事だ。
「あっちゃー…」
思わずため息が出る。脳内には千件以上入っているデーモンバニッシャー最新刊の予約伝票がぐるぐる渦巻いていた。
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