第8話 雪の中の幻影
気がつくと、あたりはすっかり雪に覆われていた。雪は晴れている日にはまぶしいぐらいに輝き、吹雪いている時は襲いくる獣のようでもあった。それでも、二人にとってはどんな些細な変化も楽しみになった。
しかし冬の終わりの気配は少しずつ近付いてきていた。雪が山のあちこちで崩れ始め川の水かさが増し始めた。
「俊、私もう東京へ帰らなきゃならない」
そういうと、ゆづきは唇を噛みしめた。
「なんだよ。やっぱり帰るんだね。でも俺一年間我慢する。一年後に東京の大学へ行くから」
「俊、進学するの」
「うん。またしばらくはお別れだね」
俊がゆづきの肩を抱きしめようとしたその時、猛烈な風が吹きつけ、雪が迫りくる嵐のように二人の周りを襲った。俊はゆづきの腕をつかんで神社へ向かった。
「まずい! 急いで避難しよう!」
「あっ、痛っ!」
あっという間に視界がほとんどなくなり、ゆづきは目の前の石につまずき前のめりになって膝をついた。
「しっかり俺の腕につかまっるんだ!」
「わかった!」
二人の頭はあっという間に雪で真っ白になっていた。足元に見える道だけを頼りに、走りに走った。神社の屋根が見え、その屋根の下だけは避難所のようで二人を手招きしているようだった。
「もう少しだ!」
「油断してたね。今日の天気予報見てなかった……」
「屋根の下で暫く様子を見よう」
二人は賽銭箱の向こうにある柵を乗り越え階段を昇り、屋根の下に入った。雪はさらに激しさを増し時折二人が座る廊下にまでぱらぱらと入り込んできた。俊は、自宅にいる母親に電話し急いで車で迎えに来てもらうことにした。二人はフードをかぶり膝を抱えてできるだけ外気に触れる部分が小さくなるようにうずくまった。うとうとして意識が途切れそうになり、はっとすることが何度もあった。
必死に目を開けると、降りしきる雪の中に一人の女が立っていた。
その肌は透けるように白く、黒い大きな目を見開いてじっと俊を見つめ、色鮮やかな赤い唇が何かを語っていた。白装束を身に着け、それは花嫁衣裳のようでもあった。俊は金縛りにあったように動けなくなった。そして隣にいたはずのゆづきの姿がいつの間にか消えてしまっていた。
「ゆづき! どこへ行ったんだーっ! ゆづきーっ!」
俊は、ヒューヒューと唸りを上げる虚空に向かって叫んだ。
「お前いったい誰なんだ? ゆづきはどこだ!」
その女に向かって叫んだが、女は悲しげな表情を一瞬見せると再び雪の中に消えていった。
俊の体は、寒さと恐怖に震えていた。金縛りにあったように、立ち上がることもできなくなった。
どれぐらい時間がたったのだろうか、雪は次第に弱まり、風がやんだ。
雪……女。
そんなものが、この科学の発達した現代に存在するのだろうか。大体、そんなものは昔から作り話だろう……。意を決して体中に力を入れると、ようやく立ち上がることができるようになっていた。
「ゆづき? ゆづき? どこへ行ったんだ?」
俊は階段を下り境内の裏手へと回り、きょろきょろとあたりを見回した。神社の丁度真後ろから細い道が伸びていた。その途中にゆづきがうつぶせに倒れていた。倒れたゆづきの手の先には、古い石碑があった。
「おい! ゆづき! 大丈夫か」
俊は、ゆづきに駆け寄り耳元で大声で名前を呼び、肩をたたき続けた。雪の中に半分埋もれている体を抱え上げ雪を掃い、自分の手で何度もさすり温めた。
「うーん。俊、あたしどうしてこんなところにいるの?」
「あー良かった、生きていた。俺も気が付かないうちに佑月の姿が見えなくなっていた」
「うつらうつらしてきて、雪の中に白い女の人が見えた。その人が私を呼んでいるような気がして、体がひとりでに動き出して……その後のことは覚えていないの」
「何かに操られるようにここに来たっていうことか?」
「なんだかそんな気がする。この石碑は何なの?」
俊は何か文字が刻まれているのではないかと見まわしてみたが、読み取れるものはそこにはなかった。
ようやく俊の母親の車が神社の正面に停まり、二人は冷え切った体を寄せ合い車の後部座席に身を沈めた。
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