第7話 戻ってきた俊
ゆづきのいない一か月はあっという間に過ぎた。
その間、電話はしていたが声だけを聴く日々が続き、戻ってくるのが待ち遠しかった。
「明日帰るから!」
その言葉を聞いた時は、胸の奥が熱くなった。
戻ってきた瞬間、会えなかった時間はほんの一瞬だったのではと思えた。
「ゆづき、やっと会えたね」
「俊、ちょっとたくましくなったみたい」
「気晴らしに筋トレやってた」
歩きながら神社の前に来た。
「ちょっと寄って行こう」
俊は、ゆづきの手を握りながら、黙って境内まで歩いた。
「ゆづき、ほんとに俺は一人になってしまったかと思って……会いたかった……」
「あっ……俊」
言葉より先にゆづきの肩に両腕を回していた。
ゆづきはそのまま体をもたせかけてきた。切ない気持ちが胸に押し寄せ、俊は自分の唇をそっとゆづきの唇に重ねた。何度も夢の中でそうしていたように唇は柔らかく心を蕩かした。それは一瞬のようでもあり、長い時間のようでもあった。ゆづきの心臓の音が伝わってくるような気がしていた。
「俊、ごめん。あたしのせいで……」
「何も言うなよ」
俊は、ゆづきの頭をそっと撫でた。二人の体は密着した状態で、お互いの息遣いだけが聞こえていた。俊は、自分の体全体が熱くなっていくのがわかった。さらに腕を腰に回して強く抱きしめようとした。
「ああ、そんな……」
あづさは、体をずらした。俊の唇の感触が残っていて、言葉がうまく続かなかった。
「いいだろう、もうちょっとだけ」
俊は、腰に回した手をぐっと引き寄せた、体中が強く密着してそこから熱が伝わってきた。
「はあ……はあ……」
「これからもここにいろよ」
「わかったわ」
ゆづきは体の力が抜け、さらに俊の方へ持たせかけた。俊の手は、ゆづきの背中や髪の毛を撫でていた。
「あっ……っ、俊、好き……」
強く抱いているとゆづきの胸のふくらみまでもが感じ取れた。
「はあ……はあ……ああ……」
俊は、まるでゆづきと抱き合っているような錯覚におちいっていた。気がつくと体中を抱きしめ、ゆづきの感触を両手に感じていた。
「うん……はあ……」
ふと、顔を上げると、俊の眼に遠くから自転車に乗って近づいてくる人影が見えた。
「あっまずい。離れよう」
二人は何食わぬ顔をして少し距離を置いて急ぎ足で自転車の反対側の道路を歩きだした。
外は、たびたびの雪で、次第に白い部分が多くなってきた。ここ一か月間でこんな白い世界に変わってしまったのだ。ゆづきは、ホッとしたようにいった。
「お母さん、松葉杖をつけば歩けるようになった。やっと退院できたの」
「よかった。お店の準備の方は順調なの?」
「相変わらず、お父さんの手仕事が多いんだけどまあまあ」
「少しは安心した。これからまた一緒に登校できるし」
その時空の遠く彼方からふわふわと雪が舞い降りてきた。雪はまるでゆづきの肌の様だ。
俊は、ゆづきの顔をもう一度しっかりと見つめた。ゆづきの顔は上気してほんのりばら色に染まっている。俊は地面に積もっている雪を両手に抱えて、パッと上に放った。サラサラの粉雪が二人の頭の上に降ってきた。今度はゆづきが同じように雪を抱えて、上に投げた。
「ふーっ、冷たい」
俊は、冷え切った手をゆづきのコートのポケットに突っ込んだ。
「暖めてくれーっ」
当分はまたこの楽しい生活が出来そうだ。俺たちのいるべき場所はここしかない。ゆづきと大切な時間を過ごせるのも今しかない。
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