第5話 杏奈の気がかり

 学校が始まり、俊はいつもの電車に乗った。ゆづきのいない電車は、北風ばかりが吹き込んで冷たいばかりだった。体も冷え込んでくる。


 教室へ入ると隣の席が空いていることに気付いたクラスメイトの松田が近寄ってきた。


「ゆづきと喧嘩でもしたのか?」

「いや、急用があって東京へ帰ってるんだ。」


「なんだ、本当かよ? もう呼び戻されたんじゃねーの?」

「そうじゃないんだ。お母さんが交通事故に合って、様子を見に行ってるんだ」


「そうかあ、どのくらいかかりそうなんだ?」

「一か月ぐらいだって……」


 それを聞いていた杏奈が口をはさんだ。


「どうせ、春になれば帰る予定だったんでしょ。早まっただけなんじゃないの?」

「随分な言い方じゃねーか。あいつこっちの生活結構気に入ってたじゃないか」


 松田が口を尖らせた。


「気を悪くしたらごめん。俊あの子のどこがそんなにいいのかなっ、と思って」

「えーっ……どこって、頭がいいし、ピアノが弾けるし、スタイルがいいし、目がぱっちりして可愛いし、それと……」

「ちょーっと待て! そういうところじゃないよなあ」

「じゃあ性格か?」


 杏奈は猛然と怒って言い放った。


「もう知らないっ。俊のお人よし! どうせ帰っちゃうのに、何考えてるの!」


 杏奈は、ぷいと教室を出て行った。


「ちょっと、杏奈お前のこと意識してたんじゃねーの?」

「知らねーよ。ああゆう性格なんだよ。全くもう」

 


 昼食時間になり教室で、杏奈は俊のそばへ寄ってきて声をかけた。


「幼馴染として、心配してあげてたんだからね」

「そいつは有難いけど、もう何も言うなよ」


「俊、思い詰めると結構怖いからね……」

「どういう意味だよ?」 


「ほら、子供のころ遊んでて大事なキャラクターのカードなくしちゃったよね。あの時日が暮れるまで、草の中を探し回ってた。そんなに気に言ってたのかなあ、って同情はしたけど正直怖かったよ」

「そんなことがあったっけなあ。よく覚えてたな」


「まあね。あたし結構忘れないたちなんだ」


 そう、俊とのことは忘れない。大切な思い出だから。


 俊は、家に帰り自分の部屋のドアを閉めた。ゆづきに電話するためだった。


「もしもし、ゆづき。元気にしてる?」

「うん、相変わらず病院とお店の往復なの」


「疲れてない?」

「疲れた……でもね、やっぱり住み慣れたところだからほっとしてるの」


「えっ、そうなんだ。あのさ、俺休みの日にそっちに行ってもいい?」

「えっ、来るの? まだ来ないほうがいいと思うけど」


 一瞬、俊は言葉に詰まった。


「どうして? 東京に行っちゃまずいことでもあるの?」

「そうじゃなくて、かなり散らかってるからびっくりするだけだよ。それでも良ければいいけど」


「ああ、そんなことか。気にしてないって。じゃあいいよね?」

「うん、今週末ね」


 これは大変なことになった。両親も驚くに違いないとゆづきは内心焦っていた。


 翌日教室で、松田と東京行きの話をしていたら、杏奈が再び口をはさんだ。


「もう、こんな時に東京に行って迷惑がられるだけだって。時期を考えなよ」

「なんだ、またお前かよ。困っているからこそそばにいてあげなきゃならないんだ」 

「あーあ。勝手にすればいいよ」

「おう、きっと大変だろうからな」

「わかった、わかった。でもね、俊が傷つくようなことがあったらと思って……その

時はいつでも私に相談してよ!」


 俊の心はずきんと痛んだ。


 家に帰り貯金をはたいて往復の交通費を工面した。目を閉じるとゆづきの笑顔が浮かび、手の温もりがよみがえってきた。

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