第3話 ゆづき東京へ

 春なんか来なければいいのに。


 ずっと冬のままだったらなあ。


 俊は家に帰り一人部屋の中で俯いた。


 一方ゆづきは家に帰ると、台所で夕食の準備を始めた祖母に声をかけた。


「おばあちゃん、今日は帰りに学校の近くでうどんを食べちゃった。夕飯は少しでいい。せっかく作ったのにごめん」

「あらあら、誰と食べてきたの。こっちの高校で友達ができたの?」

 

 祖母は、少し驚いて訊いた。 


「うん、えっと、クラスの友達」

「あら、良かったじゃない。もう魚を焼いちゃったから、明日のお弁当のおかずにするわ」


 祖母は嬉しそうな顔をしてゆづきの顔を見た。

 

 食後は茶の間でお茶を飲むのがお決まりの習慣になっていた。その時ゆづきのスマホに着信があった。ゆづきは急いでリュックの中から取り出して、返事をした。電話の声は父親のものだった。


「ゆづき驚かないで聞いてくれ! お母さんが……お母さんが、交通事故にあった! 今病院に運ばれたところだ!」


 声は緊迫したものだった。


「えっ、うそでしょっ、そんなこと! どうして?」   


 ゆづきは、信じられず叫んでいた。祖母は、心配そうにゆづきの話に耳を傾けていた。祖母にとっては実の娘の安否だ。


「自転車で買い物に行った帰りにトラックの後輪と接触して転倒した。これから病院に行ってくる。病院に着いたら連絡するから、一応こちらへ来る支度をして待ってなさい!」

「そんな…… 今すぐにでも行きたい!」


 ゆづきは、いてもたってもいられなくなった。


「お父さんが急いで病院へ行く。おばあちゃんたちと待ってるんだ! 心配するな!」

「だって……どうしてそんなことになったの?」

 

 ゆづきはそういいながら涙が出た。祖母も目頭を押さえていた。

 

 壁の時計を見ると、針は七時を指していた。父親から電話をもらってからずっとスマホを握りしめていた。こちらから電話をしようかと何度も思いながら待ち続けた。


 その時だった。再び着信があり、急いで電話に出た。


「お父さん! お母さんの容態は?」

「安心しろ、命に別条はない」

「あーっ、良かった」

「ただ足を骨折していて元通りに歩けるようになるかわからないって……お医者さんから言われた……手術することになるかもしれないっ」


 父は、唸るように言うと、こぶしを握り締めた。


「私、お母さんに会いたい! 今すぐ病院に行く!」

「明日の朝学校へ電話してから来なさい」

「わかった。今から支度しておく」

「それからなあ、ゆづき。こっちへ来て驚かないように前もって話しておくが、お店の準備あまり進んでないんだ。予想以上にお金がかかって、資金繰りが大変なんだ。お店の二階の住居の方も何も手が付けられなくて、布団ぐらいしか置いてない。本当に情けない話だが……」

「そうだったの……私一人が何も知らないでここでのんきに暮らしてたなんて……」

「心配かけたくなかったんだ。お母さんも疲れてたし、あせってたんだよ」

「私、当分お母さんのそばにいる。」


 そう答えながら、俊の姿が目に浮かんでいた。


 ゆづきは、俊に電話で明日の朝東京へ行くことを告げた。


「容体が落ち着いたら、必ず戻ってきてね。約束して!」


 という言葉が、最後に心に響いた。ゆづきの心は揺れていた。母のそばにいたいが、俊と離れていることはことのほか辛いことだった。祖父母は慌てるばかりで、着いたら必ず連絡するからと告げて東京へ向かった。


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