第2話 初デート

 翌日も、俊は二両目の端の席に座っていた。


 やったーっ! と心の中で叫んだ。


 次の駅でゆづきが乗ってきて俊の隣に座った。自然なしぐさに周囲の目を気にした。ついついにやけそうになるのをこらえる。


「アッ、あのー。どうして、ここに引っ越してきたの。別に詮索するわけじゃないんだけど、こんな辺鄙なところによく来たなと思って。気に障ったらごめん」


 こんなことを聞いたら嫌われちゃうかなあ、と後悔しかけていた。


「あのね。両親が東京でお店を出すことになって、その準備で何かと忙しくて、私は母の実家に暫くお世話になることになったの。今は祖父母と三人暮らし。小さい頃から何度も来てる家だから、平気よ」

「じゃあ、お店の準備が終わったら帰っちゃうのか?」

「たぶん春には帰ると思う。学校もあと一年あるし。あのね、和食のお店なの」


 俊は聞かなければよかったと後悔した。しかし、聞かなくても、いずれ帰らなければならないという事実は変わらないのだろう。周囲の空気がぐって冷えて、暗く感じられた。


「じゃあ、春までのここでの生活を楽しんでよ!」


 はあ、そうだったのか、と寂しくなった。


「そんな暗い顔しないで……。東京なんてそんなに遠くないから」

「十分遠いよ。今までに二回しか行ったことがない」


 俊とは対照的に、ゆづきはあっけらかんとしていて、それもまた俊には気になる。


「自然もいっぱい。雪もこれからたくさん降るし、ここでの生活を楽しむことにする。東京ではこんなに近くに木や草がないから。昨日は、突然雪が降ってきて驚いちゃった。紅葉に雪ってすごい取り合わせ」


 ゆづきは目をぱっちりと開いて、舌を出した。


 俺も驚いた。それは雪のせいではなく、こんなに美しい人が現れたから……。二人はしばらく外の景色を眺めた。今日は雪は降っていなかった。


 それから、同じ電車で通学する日々が続いた。はじめ二人の距離は二十センチぐらいあったが次第にほとんどなくなった。それとともに、心が近づいているような気がした。


「東京では、電車が混んでるから詰めて座るんでしょ?」

「そうだね、こんな感じだね。」

「ふーん。俺もそんな電車で通ってみたいな」


 満員電車にあこがれてしまった。


 ある日の帰りに、俊はこう誘ってみた。


「寒いからおいしいうどんを食べに行こう? いいお店を知っているんだ」

「いいね、でもあんまりたくさんは食べられない。夕飯おばあちゃんが作ってくれるから」

「たまにはちょっと寄り道してもいいでしょ」

「オーケー」


 その店は、駅の近くにあった。夕飯にはまだ早い時間だったので、客はまばらだった。二人はきつねうどんを食べた。出汁の香りと柚子の香りが混じり合った熱々の湯気が立っていた。ふうふう言いながら出し汁の絡んだうどんをすすった。


「柚子っていい香りだね」


 ゆづきは、あれという表情をして、俊を見つめた。


「あら、私の名前と似てる。この柚子のことよね」


 言ってしまってから、温まった頬はさらに赤くなった。


「そ、そりゃそうだよ」

「ああ、おいしー。手打ちうどんなんだね。いいお店教えてくれてありがと」


 ゆづきは、うどんの汁をすすりながら満足げな表情を見せた。


「また来よう。寒い時には最高のご馳走だ」


 何度でも来たいな、と俊は思った。外へ出ると、冷たい木枯らしが吹いていた。俊は、そっとゆづきの手を取った。


「俺の手、温かいよ」

「ってゆうか、大きいね」


 初めて握ったゆづきの手は柔らかく、俊はぎゅっと手を握りしめ、自分の気持ちを伝えた。


「ゆづきの手が小さすぎるんじゃない」

「普通でしょ」


 ゆづきは、その手の力強さにドキドキしたが、悟られないようにすまして答えた。ゆづきも俊のことを出会った時から意識していたのだ。お互いの存在が次第に大きくなっていくのを感じていた。

 春になると帰らなければならないと思うと、今までは一定の距離を置くように努力してきた。しかし自分の心に嘘をつくことはできない。俊は、握り返してきたゆづきの手のぬくもりを感じながら、次のデートの作戦を練っていた。

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