第3話「光芒」

001

 紫苑は昨晩、思いがけぬ夜更かしにはなったが、色々と面白いものを知ることが出来た。

 眠い目を擦りながら、支度を済ませ、加賀室長の待つ技術研究室へと向かった。


「よく来たな。高崎少尉の件について、直々に相談があるのだろう。話したまえ」

「決戦兵器の機能を完全に取り払い、高崎少尉を人間に戻すことは出来ないのでしょうか。加賀室長は、決戦兵器を作り上げた人だ。少なからず罪悪感を感じていらっしゃることでしょう。それなら――」

 紫苑の言葉を加賀は、最後まで聞かずに遮った。

「遠山少佐、申し訳ない。何と言われようと、私は元来作る専門なのだ。彼女を兵器にしたことに関して私は、本当に取り返しのつかないことをしたと思っている。何度も改造を繰り返したことで、他国に大勢の死傷者を出したこと、彼女の感情を欠落させたこと。連合国軍に裁かれるべきは、科学者である私だということも。それでも、出来ないことは出来ないんだ――」

「加賀室長、作る専門がいるのなら、解体して元に戻す専門の方も、探せばきっといるんじゃないでしょうか」

 紫苑の気迫のこもった発言に、加賀は真面目な顔で答える。

「……あぁ、その通りだよ少佐。この際、私情を挟んでなどいられないからな。シルム帝国の同盟国である隣国レビアに在住する、私の兄である加賀実は、私とは違い、技術解析と分解が得意分野だ。兄に私の罪滅ぼしを肩代わりしてもらうのは何とも気が引けるがね」

「レビアですか……なるほど。ご協力感謝致します加賀室長」

「兄には連絡をしておこう。それに加え、レビアに二名の入国希望届けを提出しておく。少佐は今すぐ志賀中将に取り合って、緊急の軍事会議を開会させるんだ」

 紫苑は頷いて、礼をし足早に研究室を後にした。


002

 紫苑は、志賀に決戦兵器問題についての、緊急の軍事会議開会を要請した。

 数時間後、現時点で会議に出席可能な将校と左官を揃え、第七十五回帝国軍事会議が開会された。

「急な要請で申し訳無い。前会議の議題の続きになるが、決戦兵器の処遇について、決定した為、ここに報告する」

 さぁ、と志賀中将は紫苑を会議室の前に立たせた。

「私には決戦兵器である高崎咲少尉が死ぬ理由が見当たりません。それはここにいる皆様も薄々と感じていることでしょう。兵器としての機能を完全に失わせ、彼女を人間に戻すことが出来れば、連合国の書状に従うことが出来ます。時間がありません。どうかご協力をお願い致します」

 篠山中将は、今回も強い反発を示した。

「それは君の考えだろう。我々の総意とは程遠い。本来、軍事会議で語られるべきは国の存続と、軍の体面を崩さぬことについてだ。何度も言わせるなよ、私情を挟むなと」

 だが、今回は他の将校が、篠山中将に否定を始めた。

「言葉は悪いが、彼女がどうなろうと結果は同じだろう。遠山少佐、私はその意見に賛同するぞ。我々にも彼女への責任があるからな」

 それは国土奪還作戦の作戦立案者だった、年配の将校である岸中将だった。

「今は議論している時では無いのです。時間がありません。篠山中将、どうにかお許しいただけないでしょうか」

 紫苑の、上官に屈することなく、意見を述べる姿に会議室中に賛同の拍手が響く。

「……君はやはり亡き遠山薺大将の血を色濃く引き継いでいるようだな。彼も意見を纏め上げ、他人を味方に付けるのがとても上手かった。しかし、それと今案件を同一視するつもりは無い」

「それは……勿論承知の上であります」

「君が、本当にレビアに向かい、連合国側の要求に素直に従わないと言うのであれば、私からも提案がある。君と決戦兵器の、階級と軍事的特権を全て放棄し除隊した上で、私人として君の独断で行い給え。シルム帝国の後ろ盾無く、君がその命を賭けるに値する行為か、よく考えるんだな」

「私も、篠山中将の提案には賛成だ。シルム帝国とレビアの国境付近には、民間の支配区域がある。入国の際は、軍人の立場より一般人としての立場の方が簡単に手続きが済むはずだ」

 志賀中将も、篠山中将の意見に賛同した。紫苑は少し考え、文字を組み合わせ、言葉にする。

「お二人の、心遣いにただただ感謝を示すことしか出来ません。私はシルム帝国のこれから先の未来、そして彼女の為に、この命を賭けようと思います」

 会議室中に、再び拍手が響き渡る。紫苑は、全員に深々と何度も礼をする。

「緊急の軍事会議にも関わらず、お集まり頂き、本当にありがとうございます。心から、感謝申し上げます」

「それでは、この時をもって、第七十五回軍事会議を閉会する」


 志賀中将と紫苑はその場に残り、今後の行く末について話を始めた。


003

 日の暮れ時に、二人は、彼女の自宅前に到着し、監視兵から検査を受けた後、中へと入った。

「失礼するよ、高崎少尉。急な面会ですまない」

「いえ大丈夫です、志賀中将、それに遠山少佐。二人揃って何用でしょうか」

「君を、人間に戻したい。高崎少尉」

「それは、面白いご冗談を……」

 彼女は、二人の顔付きをじっと見つめ、それが冗談などではないと察したようだった。

「加賀先生には何度もお願いしましたが、それは出来ないとお伝えされました。何か戻る術があるのでしょうか」

「隣国のレビアに、加賀室長の兄上にあたる加賀実研究長がおられる。彼ならば、君を人間に戻せるかもしれないと仰られていた」

「なるほど、私は先生にまんまと騙されていたというわけですね。志賀中将、貴方が一緒に来られたという事は、つまりこの件は、軍事会議で既に決定した内容なのですね」

「その通りだ。君は物分かりが良くて助かるよ、高崎少尉。遠山君は既に知っているが、この場で君に報告がある。先程の軍事会議で決定した、君達二人の階級についてだが――」


004

 決戦兵器、高崎咲少尉、及び遠山紫苑少佐は、高崎咲への通達により、現時刻を持ってこの場で正式に除隊が決定した。

「心配しなくていい。君たちが戻りたいと希望すれば、特例で直ぐに現階級まで戻すつもりだ」 

「ありがとうございます」

「お気遣い感謝致します。志賀中将」

 二人は感謝の意を示した。


 出発は明日の早朝に決定した。二人が部屋から出ようとした際、紫苑は、昨日手向けた金蓮花が、花瓶に生けて、大事に窓際に置いてあることに気づいたのだった。

 それは紫苑にとって、彼女の人間らしさを、感じられた瞬間だった。


 窓際から差し込む月明かりが、金蓮花を静かに照らしていた――。

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