第2話「対面」

001

 戦いの前には、まず敵を知れ。知識は力だ。亡き兄の言葉を、紫苑はふと思い出す。

 今回の場合は戦いよりも、もっとずっと難しいものになるだろう、と紫苑は腹を括った。

 紫苑は対話の前に、帝国軍技術研究室へと向かった。

 技術研究室の研究室長であり、決戦兵器を作り上げた加賀育に決戦兵器、高崎咲についての情報収集をする為だ。


 こうも簡単に、軍の最高峰である研究室の室長に面会出来るのも、全ては志賀中将の意向のおかげだった。

 紫苑は武器、危険物等を所持していないか、検査をされた後、いよいよ室長と対面を果たし、二人は椅子に座り、質疑応答が始まった。


「よく来たね、遠山紫苑少佐。中将から話は聞いているから詳しい説明は無用だ。聞きたいことを何でも聞いてくれ」

「ありがとうございます。加賀室長。早速ですが、決戦兵器……いや、高崎咲国軍少尉のこれまでの経歴について詳しくお聞きしたいと思っております」

 紫苑は決戦兵器としての彼女では無く、高崎咲という人としてのこれまでについて、加賀に尋ねた。

「入隊当時から、よく笑う子だった記憶があるよ。私が施術を施すまでは――」

 加賀は、俯き手を固く握りしめる。

「続きをお聞かせください」

「あぁ、すまない。決戦兵器の器として、軍事会議によって彼女が選ばれ、私はそれに従った。それからみるみるうちに彼女は兵器として成長していった。そして、改造を施す度に、彼女の記憶と感情は薄らいでいった」

 記憶と、それに加え感情を失う。それがどれほどの物なのか。紫苑には到底理解出来なかった。紫苑は、加賀に本題を訊いた。

「私の兄と出会ってから、高崎少尉に何か変わったことはなかったでしょうか」

「遠山大佐……いや、すまない。殉職による二階級特進で少将だったか。遠山少将のことはよく、隊長と呼んで親しくしていたよ。彼女に感情……というより笑顔が戻ったのは、遠山少将と出会ってしばらくしてからだったな」

「そうだったのですね。兄は何か特別なことをしたのでしょうか」

「それは単純に口に表せぬ物だよ、きっと。遠山少将が決戦兵器の担当上官として選ばれた当初は、彼も君と同じく、よく私に色々と訪ねに来たものだ」

 加賀は、昔を懐かしみ一人頷いていた。

 ふと、時計を見ると、対面時間が迫っていることに気づいた紫苑は、退室の準備の為立ち上がった。

「本日はありがとうございました」

 加賀に深く礼をし、足早に研究室を後にしようとした時、加賀が参考になるかは分からないが、と前置きをした上で、一つの助言をくれた。

「彼女は花が好きだった。嬉しそうに話していた姿が印象に残っているよ」

 紫苑は、真っ直ぐ彼女の自宅へ向かう予定を変更し、町の花屋へと足早に向かった。


002

 確かに手土産も無しに、女性の家へ向かうのは失礼だと、今更になって思うが、本当に花でいいのか等と色々な考えが紫苑に浮かんでいたが、迷っている時間は無かった。

 到着したら、一番最初に目に付いた花を買おう。

 どうせ自分には何も分からないのだから、直感が一番良いと、紫苑は自分に言い聞かせていた。

 優柔不断だということを、彼は自分自身が一番分かっていたからだ。


 半ば息切れになりながら、花屋へ到着し、当初の予定通り、一番初めに目に付いた、明るい黄色とオレンジ色をした花を、紫苑は名前も見ずに店員に手渡した。

 息切れた軍服姿の紫苑に、少し困惑しながらも、慣れた手つきで花を丁寧に袋に包み、紫苑に手渡し、彼の退店を笑顔で見送った。


 紫苑は、小走りに彼女の自宅へと向かう。面会は開始時間まで正確に決まっており、それを過ぎては面会が中止になることを、紫苑はよく知っていた。

 最後は、全速力で走り、何とか規定時刻までに到着することが出来た。


 息切れた国軍少佐の前でも、監視兵達は皆一堂に敬礼をし、念の為の本人確認と、所持品検査を行い、いよいよ対面の許可が降りる頃には、紫苑の息もようやく整っていた。


003

 ドアをノックし、紫苑は彼女の自宅へと入った。

「お邪魔します」

「どうぞ」

 家の中であるにも関わらず、軍服姿の彼女を見て、紫苑はあの日、初めて出会ったあの日の事を思い出す。

 それらを振り払い、先程買った花を彼女へ手向けた。

「さっき、花を買ったんだ。どうだろうか……」

「金蓮花ですか……」

 まじまじと、先程まで名前も知らなかった花を見つめる彼女に、何かいけないことでもあったか、と紫苑は訊いた。

 彼女は、いいえそんなことはありません、と。そして、そんなことよりも、と更に続けて紫苑に問う。

「少佐は金蓮花の花言葉をご存知ですか」

「いや、すまない……。花の教養は無いものでな」

 彼女は謝らなくても大丈夫です、と少し笑いながら花言葉を紫苑に教えた。


「金蓮花には、愛国心や勝利、そして困難に打ち勝つという花言葉があるんですよ。我々軍人にピッタリな花言葉でしょう。そして何より、隊長の名前が入っていて、私は好きです」

 好き、という言葉、手を交わらせ組み合わせた仕草、なんとも形容しがたい表情を浮かべた彼女に、紫苑は魅入ってしまっていた。何とかそれを誤魔化すように話を続けた。

「本当に詳しいんだな。加賀室長に聞いていた通りだ」

「そうでしょう。花にはそれぞれ花言葉があって、調べてみると面白いですよ。それに、知識は力、ですからね」

 彼女が慕っていた遠山蓮の言葉だった。本当に彼女は兄を想っていたのだと、紫苑は改めて気付かされる。

 紫苑は話を本題へ移した。

「高崎少尉、これからの君の行く末は話に聞いていると思うが、私に委ねられている」

「はい、存じ上げております。どんな罰も受け入れる所存です」

 彼女の嘘偽り無い態度に、紫苑は少し怖気付いた。自分の死ぬことについて、先の花の会話より、興味の無い反応で示されたことによって、紫苑は少し憤りを感じた。

「このままでは君は死ぬことになるんだぞ。分かっているのか」

「もちろん分かっています。それが命令であれば、私は私の侵した罪の償いとして、受け入れます」

 罪も罰も、無いだろうと。

 無情で強大な力を押し付けたのは、シルム帝国の方だ。彼女が望んだ訳ではない。

 愛国心を利用され、改造を施された彼女が、我が国の勝利と大戦の終戦の為に、命を落とす事などあってはならない、と紫苑の中で、強い意志が固まった。


 外から、面会終了時間を知らせる合図が響いた。

「時間だ。また来るよ、高崎少尉」

「わざわざ面会に来てくださりありがとうございました。遠山少佐、少し貴方に……隊長の面影を感じてしまって、私は……」

 そう言うと彼女は、表情を曇らせ、俯いた。

 心の傷は癒えてはいないのだ。

「自分を責めてはならない」

 そう言い残し、紫苑は家を後にする。


004

 実際に会って話をして、彼女に対して湧き上がった感情を抑え込むことが、紫苑には出来なかった。

 家路に着かず、そのままの足で向かった先は、国軍中央司令部だった。


 司令部の受付にて、志賀中将に緊急の面会を要請した。

 面会時間外ではあるが、中将の意向によって許可が降り、部屋へと向かった。


 気配察知の手練である志賀中将は部屋の前に立つだけで、ノックをする前から、入りたまえと声がかかる。

「失礼します。夜分遅くに申し訳ありません」

「気にしなくていい、それよりも、要件はなんだ」

 紫苑は、少し躊躇いながらも、言葉を吐き出すように、要件を伝える。

「どうにか、彼女を死なせない方法は無いでしょうか。これは私の私情です。国を裏切る行為かもしれません。ですが、あの可憐な彼女が死ぬ理由が私には……到底見当たらないのです」

 心の揺らぎは、吐き出すことで確信へと変わった。そうか、自分は彼女を助けたいのか、と。

「最初に私が全ての責任を取ると言った筈だ。君がそう思うなら、私はそれを手伝おう。彼女を生かす道もきっとあるだろう。残る時間はわずかだが、我々は我が国の未来の為、そして国に尽くしてくれた彼女の為に全力を尽くそうじゃないか」

 紫苑の肩に手を置く、志賀中将。

「君に全権を託そう。この国の英雄である彼女の為にも、そして何より自分が後悔をしない選択をするんだ」

「本当に、ありがとうございます。どうにか彼女が、高崎少尉が死なぬ道を、私が考えてみせます」

「加賀室長に、新たな協力要請をかけておく。今日会ったのだろう。また明日にでも、技術研究室へ向かうといい」

「何から何まで、ありがとうございます」

「私こそ、感謝している。この一件が良い方向へ向かうことを期待しているぞ」


 話を終え、紫苑は司令部を後にし家に着いた。


 食事と風呂を済ませ、眠りにつく直前に、ふと、今日の出来事と共に、彼女のあの言葉を、思い起こす。


『花にはそれぞれ花言葉があって、調べてみると面白いですよ』


 その晩、紫苑は書棚から本を漁り、花言葉を夢中で調べながら、夜を明かしたのだった――。

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