完結編
第1話「軍事会議」
001
シルム帝国軍、第七十四回帝国軍事会議の議題は、口に出さずとも、会議に出揃った軍人全員が周知していることだろう。
セルス王国の電撃作戦によって、一時は侵攻を許したシルム帝国であったが、シルムの仕掛けた国土奪還作戦における、遠山作戦部隊長率いる大隊の奇襲によって、セルスの主力部隊は一夜の内に壊滅した。
戦局が覆ったことにより、今度は本土まで侵略されかねないと判断したセルス王国は、シルム帝国に対し、停戦を申し出た。一方の帝国側も、犠牲を払いながらも、悲願である国土奪還を成し遂げた為、これを受け入れたのであった。
帝国内では、セルス王国に対し報復を求める声も少なくは無かったが、度重なる戦闘における多大な損害が、作戦行動の妨げとなっていた。
それに加えセルス王国の背後には、強大な戦力を保持した連合国軍が存在しており、下手にセルスを刺激することによって、連合国軍との直接戦争を避けたかったという事情もあったのだった。
停戦から一週間後、シルム帝国とセルス王国及び連合国軍との間で、終戦に向けた講話が始まった。
連合国はシルム帝国に対し、その強大な軍事力を盾に、条件付きの終戦を要求したのだが、その条件があまりにも異例であった。
対応の協議の為、シルム国内では将官及び佐官を招集し、軍事会議が開かれることとなった。
連合国軍側の要求はただ一つ――。
あらゆる戦場で血を流し、強大な力によって戦線を崩壊させ、圧倒的な戦果を挙げた、決戦兵器の即時停止、及び解体要求であった。
書状には、この要求をシルム帝国が承諾し実行した暁には、連合国軍はシルム帝国と不可侵条約を締結し終戦に向かう、と締め括られていた。
002
今軍事会議の議長である、志賀中将は書状を真っ直ぐと見つめ悩ましい表情を浮かべながら口を開く。
「決戦兵器の停止及び解体……と何も知らぬ連合国軍の事だ。口で言うのは簡単だろう。だがそれは彼女の死を表す。元を辿れば我々の利己的な要求によって、その身体を国を守る為に捧げた若き女性軍人だ」
その通りだと言わんばかりに、皆下向き加減に話を黙って聞いていた。
「称えられて当然な彼女を犠牲にして、我々は勝利を得ていいのだろうか。裁かれるべきは我々の方では無いか」
一人の将校が、机を叩き反論する。
「私情を挟むなよ志賀。これは軍事会議だ」
彼は志賀の士官学校時代の同期であり、同序列でもある篠山中将であった。志賀議長に強い口調で反論出来るのはこの篠山しかいないであろう。
「あぁ、もちろん分かっている……。決戦兵器の処遇については冷静且つ慎重に議論されなければならない。その間、決戦兵器に寄り添って貰いたい者をこの場で私から任命したい」
この言葉でザワつく軍事会議室。誰も、これから死ぬ兵器に関わりたくなどないのだ。それは、ただ一人を除いて。
「遠山
反論する者はいなかった。もちろん、本人も。
彼は国土奪還作戦で、奇襲作戦によって壮絶な戦死を遂げた遠山
元より、遠山家は代々国軍に携わってきた一族であり、二人の父親にあたる遠山
それ故に、親の七光りとして色眼鏡で見られることも多く、そんな苦労を乗り越えながらも、二人は左官へと昇格していった。
紫苑は、国土奪還作戦の第二大隊に所属していた。彼が戦場に辿り着いた頃には作戦は終了し、そこには無惨に飛び散った肉片を掻き集める、儚くもどこか美しい決戦兵器の姿が、目に強く焼き付けられ、それは今でも微塵も消えることなく、脳裏にこびり付いているのだ。
紫苑は知りたかった。尊敬した兄が命を賭けて守った決戦兵器の行く末を。
彼は消したくはなかったのだ。
亡き兄によって生かされた、可憐な命の灯火を――。
003
志賀は紫苑にだけ、この場に残るように告げ、第七十四回帝国軍事会議は閉会した。
全員が会議室から出ていくのを見届けた後、志賀中将は重い口を開いた。
「遠山少将を失った心の傷も癒えぬ内に、更なる重い荷を背負わせてしまって、本当に申し訳ないと思っている」
「いえ、誰も望まぬ役目ではあります。ですが私は誰よりも彼女に興味を持っています。何故、兄は副隊長であった彼女をわざわざ緊急停止操作によって眠らせ、一人敵陣に特攻したのか。彼女がこのまま連合国の書状の通り死んでしまうのであれば尚更、私は今すぐにでも彼女と対話をしたい」
志賀は、少し安心したような表情を浮かべる。紫苑はきっと、こう答えると確信があったのだろう。
「あぁ、そうだな。遠山少佐、決戦兵器の処分の行く末は、これからの君の行動も大きく関わってくる。よろしく頼むぞ」
紫苑は、背筋を正し素早く敬礼をした。
「志賀中将の体面を崩さぬよう善処致します」
志賀は素早く、紫苑の発言を指摘する。
「私の体面など気にするな。これから先、君の好きなようにするんだ。私が全ての責任を取ろう。それが、私に出来る亡き遠山少将へのせめてもの償いだ」
紫苑は、志賀の想いを受け止め、噛み締め、深く深く頭を下げ礼をした。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
004
決戦兵器、今はその機能を停止させられ、彼女の兵士名である高崎咲として、自宅にて軟禁されていた。
監禁という手を取らなかったのは、志賀中将の強い要望であった。
それでも自宅の周りには厳重な監視体制が敷かれ、彼女に自由は無いに等しかった。
紫苑は、彼女の自宅の前を通り、改めて彼女の人としての不自由さを目の当たりにしたのだった。
明日、彼女に二度目の接触を図る。対話はこれが初めてだ。
亡き兄への想い、志賀中将の期待、そして自らの彼女への興味。それらは混ざり合い、紫苑の心を激しく揺さぶっていた。
雲間に差し込む月明かりが瞬く、あの日とは正反対の夜であった――。
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