第27話
『放課後教室で待っとけよ』
その日は、学校につくなり朝早くにマサからそんなラインが来ていた。
「なんで?」と返しても「いいから」としか言わず、はて何かやらかしたかなと思いながら、一日過ごす。
そして放課後、やはり若干お怒りのご様子のマサが教室にやってきて、むっつり顔のままろくに訳も話されずに連行される。
連れてこられてやってきたのは駅前、さらにそこで待ち構えていた同じく学校の帰りであろう制服姿のヒナと合流。
こちらも笑顔一つなく神妙な面持ちで、これはいよいよいや~な予感がするなぁ……と思いながら、二人の後をついて近くの喫茶店にやってくる。
カウンターでおのおの飲み物を注文した後、マサが我先に進んでわざわざ奥の隅の方の席を選んで座る。
そして二人と対面になるように俺が座り、チョコラテの上に浮いた生クリームをスプーンですくいながら「むほほこれは糖尿一直線」とやってみせるが、マサは一瞥をくれたきり無反応。
自分の飲み物に手もつける様子もなく、その代わりに怖い顔でじっと俺のことを見つめてきた。
「なんで黙ってたんだよ?」
「へ?」
お怒りのところ申し訳ないが何のことやらさっぱりです。
という顔をしてみせると、
「手紙のことだよ」
その一言で一連の謎が溶けた。
そういえば別に口止めはしてなかったからなぁ。でもわざわざ言うとも思わなかったし。
「花から聞いたの?」
「ヒナから聞いたんだよ」
となるとヒナを一度経由しているということか。
まず花がヒナに言って……ということなんだろうけど、でもどうしてこのタイミング?
なんかあったのかな? とヒナの方を見ると、マサとは反対にうつむいたまま俺と目を合わせようとすらしない。
するとマサがヒナへの視線を遮るように顔を寄せてきて、
「おいタク、黙ってないで答えろよ」
「いやまぁ……たいしたことじゃないしさ」
「たいしたことあるだろ!」
マサがダン、とテーブルを叩いて急に大きな声を出すので、人差し指を立てて唇に当ててみせる。
隣に座っていたヒナが眉を寄せて、消え入りそうな声で、
「やっぱり本当なの? タク……。どうして……どうして言ってくれなかったの」
めそめそと泣き出してしまう。
そんなヒナの背中をさすりながら、マサも一気に表情を沈ませる。
「俺も悲しいよ、はっきり言って。タクが何の相談もしてくれなかったこと」
「相談……したほうがよかった?」
「当たり前だろ! 俺はお前と……お前のこと、親友だと思って……」
「俺だってそう思ってるよ。でも、どうしようもないだろ」
俺はじっとマサの目を見て言った。
まっすぐそれを見返してきたマサは、やがて視線をそらすと、
「……俺も、いろいろ当たってみるわ。友達とか先輩とか、後輩とか……変なやつ見なかったか」
マサがそう言うとヒナがすぐに横から、
「あ、あたしも、何かできることがあれば……。でも、他に誰か……やっぱり先生か誰かに言ったほうが……」
「いや、そんな大げさにすることもないって。やっぱボクシングやってイキっちゃってたのがよくないのかなってね。でもやめておとなしくなって、最近はめっきりなくなってきたからさ。もう終わりかなって」
と思っていたら、実は今日の朝入ってたんですよねぇ……久しぶりに。
ここ一ヶ月ほどはしばらく音沙汰がなかったんだけどね、お元気で何よりです。
まあそれはとりあえず伏せておいて、俺がいつもの口調でそうなだめると、多少落ち着いたのか二人はそれぞれ持ってきた飲み物をすすり始める。
俺も同じようにして、しばらく沈黙が流れる。
ややあって、マサとヒナが一度目配せをするような仕草をすると、再度仕切り直すようにマサが口を開いた。
「あのさ、水無瀬さんのことなんだけど」
「ん? 花がどうした」
そういえば今日はこっちを優先したから花とは会えてないんだよなぁ。
早く切り上げて今からでも会いに行こうか。
名前が出たとたんふとそんなことが頭をよぎるが、すぐに遮られる。
「あの子って本当にその……大丈夫なわけ?」
「大丈夫って、何が」
「いや俺、クラス隣だからさ、通りがかりとかにちょろっと遠目に様子見たりするんだけど……いつも一人で本読んでたりで、あんまり友達といるような気配もないし」
「それが何か?」
「いやほら、よくよく思い返すとさ……たしか彼女って、トイレで水ぶっかけられていじめられてたって、最初そういう話だったなって」
「違う、花はいじめられてたんじゃなくていじめっ子と戦ってたんだよ」
「戦ってたって……いやなんつうかそれもなぁ……」
マサが歯切れ悪そうにしていると、隣で聞いていたヒナが急に血相を変えて、
「え? ちょっと待ってなにその話、初耳なんだけど? なにそれ?」
「ああ、最初にタクが彼女のこと助けて、それで知り合ったって話」
マサがこともなげに言うと、ヒナは掴みかからんばかりの勢いでこちらに身を乗り出してきた。
「ねえそれってどう考えても、あの女のせいでタクにまで被害が及んでるってだけの話じゃないの?」
「だからそれは全然関係ねえよ。勝手な決めつけでモノ言うな」
ヒナの刺々しい口調に頭にきた俺は、すぐさま否定を返してヒナをきつく睨みつける。
しゅん、となるヒナを見てマサが、
「タク、今の言い方はないだろ? ヒナだってお前のこと心配して言ってるんだぞ? 手紙のことだって、水無瀬さんには話してたらしいじゃん? あの子にばっか肩入れしてるみたいだけど……俺たちだっていい加減さ、付き合い長いんだし……もうちょっとなんつうかこう……あるだろ?」
それぐらい俺だってわかってる。
けど、どうしたらいいかさっぱりわからない。
そもそも正解とかあんのかって。なにをどうしても不正解しかないような気がして。
「……ごめん、それは、わかってるけど……。でも花のこと、悪く言うのは……」
「いや悪く言うっていうかさ、ただ心配なんだよ。カメラとかも仕掛けたって、相手を下手に刺激するのもよくないだろうし、話聞くといじめっ子撃退だとか、そうやって結構無茶してるみたいだし……それでタクにも全く影響がないとは言い切れないじゃん?」
またも流れる沈黙。
マサの言い分は至極まっとうだって、わかっている。いつも正しい。
結局、悪いのは俺だ。最初っから、全部俺が。
俺が何も答えずにいると、マサは大きくため息をついて頭をかきながら、背もたれに背中を預けて腕組みをした。
少し遅れてヒナのすすり泣く声が聞こえてくる。
「タクは、タクはいっつも、何でも一人でしょいこんで……ずるいよ、そうやって……」
「ごめん、ヒナ。ごめん……」
俺は目元を赤く腫らすヒナに、うなだれたままただ謝ることしかできなかった。
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