第26話
そう言って、勝ち誇ったような笑みを浮かべる陽愛。
花はあくまで冷静に、努めて表情を崩さすにいたが、ここに来て初めて眉をひそめる。
「……それはどういう意味? 聞き捨てならないわね」
「言葉通りの意味だけど? 日本語わからない?」
花の強い語気に、陽愛はおどけた口調で返してくる。
これではラチがあかないと思った花は、一度質問を変えた。
「仮に、それが本当だとして……拓美はどうしてそんな嘘をつく必要があるの?」
「それはねぇ……タクは優しいから、マサに気を遣ってるだけなの。マサはタクよりももっと前から、あたしのこと好きで、先に告白してきたから……タクは自分から身を引いたの。だからタクが他に好きな子ができたなんて、あるわけない。自分は他の子と付き合って、あたしのことをマサに譲って、それで終わりにしようとしてるだけ。だからあんたはただの……こういうのなんていうのかな? スケープゴート? にされてるだけだから」
陽愛はまるでこの話をずっとしたくてたまらなかった、とばかりに弾んだ口調で、とめどなく話し続ける。
「それでね……ココ重要なんだけど。本当はあたしもタクのこと好きだから。あなたよりもずっと。そしてずっと前から」
そう言って陽愛は、まばたき一つせず花の瞳をじっと睨みすえてくる。
冗談だとか、おふざけで言っているのではないというのは、彼女の表情からも一目瞭然だった。
「じゃあどうして、雅人くんと付き合っているの?」
「それはタクがかわいそうだからに決まってるでしょ? なんでそれぐらいわからないかなぁ? だってあたしがマサと付き合ってあげないと、マサを気にしてるタクがかわいそうだから。あたしは、タクの言うとおりにしてあげたいの」
「かわいそうだから言うとおりにするって、そんなバカな……」
「それはタクのこと、よく知らないからでしょ? タクは親が離婚したのも、お父さんがいなくなったのも、全部自分のせいだ、自分がいたからだって、思ってるから。だからあたしたちのことだって、自分が邪魔者だって、自分がいなければいいって、勝手にそう思ってるの」
両親のことについて、拓美は自分からなにか話すようなことは一切しなかったので、あまり詮索はすべきではないと思って質問は控えた。
思えば花が自分の家族の話をすると、極端に拓美の口数が減っていた気がする。
「だからあたしがちゃんとタクのこと見ててあげて、愛してあげないと、タクは死んじゃうの」
「死んじゃうって……まさか。それはあなたの勝手な思い込みではなくて?」
「思い込みなんかじゃない! 何も知らないくせに……知ったふうな口聞かないで! タクはね、飛び降りたんだよ? 本当に……下手すると死んじゃうかもしれなかったのに」
「飛び降りた……?」
「ふぅん、彼女なのに知らないんだ? まあ、知るわけないよねぇ」
くっく、と陽愛はそれがさもうれしそうに喉を鳴らす。
自らの優越性を誇示するかのような彼女の顔に、その件について詳しく問いただしたかったが、きっと答えてはくれないだろう。
「これでわかったでしょ? あんたは元からタクに相手になんてされてないの。最初っからずっと蚊帳の外。表向き彼女、ってことになってるけど、マサと一緒で本当に相手に好かれてるわけでもないし……だからそれらしく、わきまえてくれる?」
「私は拓美の口からはっきり言われない限りは、あなたの言うことは全然信用できない。それにその話だと……雅人くんが、かわいそうだとは思わないの?」
「全然? だってマサは別にあたしがいなくたって、大丈夫だもの。タクと違って、何もかも恵まれてる。自分のお家があって、優しいお父さんとお母さんがいて、仲のいい兄弟がいて、友達も多いし部活の先輩にもかわいがられてて……十分幸せだもの。これ以上幸せにするギリなんてない。それにマサだってきっと、タクがあたしのこと好きなのわかってて……卑怯者なの。タクの優しさにつけこんで、自分は好き放題やってる。どんどん勉強の成績も良くなって部活でも活躍して、身なりとかも色々気にしだして……。そのくせタクの親友ヅラして……信じられないよね? だからかわいそうでもなんでもないの」
雅人の顔を思い浮かべているのか、陽愛は憎々しげにそうまくしたてる。
言い切った後言葉を切って、一度大きく息を吐きだして、
「……でもマサがなにしたってタクにはかなわないから。だってタクのほうが、ずっとずっと優しいんだから。自分だけ我慢して、今だって好きでもない相手と、無理して仲いいふりして……。タクにはあたしがいないと駄目なの。あたしじゃなきゃ、わかってあげられないの」
花のことをじっと睨みつけてくる。
まるでそれを合図にするかのように、陽愛の背後に立つ街灯が点滅して明かりをつけた。
少し風が出てきて、あたりが急にそら寒くなったように感じた。
「それでいつまでこんな状態のままいるつもり? そんな事をしていたって拓美は……」
「もうそろそろ終わりだよ?」
「終わり?」
「簡単だよ。マサの口から、付き合いだしたらやっぱり違った、あたしのことが嫌いになった、ってそう言わせればいいんだもの。だからあたし、二人でいる時はものすごい嫌な女……あれはダメこれはダメって、暴言吐きまくりで……うふふ、調子乗ってるマサもいいザマだよね。だけど思ったより、しぶとくて。でも、マサもそろそろ限界のはずなの。お前みたいな女は無理だって……そしたらあたしはマサと別れて、晴れてタクと一緒になれる。それならきっとタクだって文句ない。そう、そのはずだったのに……」
ゆらりと、陽愛の瞳が揺れた。
「どうして邪魔するの?」
ゆっくりと吐き出された言葉は、声音こそおとなしいものの、得体の知れない薄ら寒さを放っていた。
花を凝視して離さない黒目は、すぐ近くにあってどこか遠くを見ているようでもあった。
正面から毒気にあてられた花は、それでも後ずさることも、目をそらすこともなく、陽愛を睨み返す。
尻込みするどころか花の体はカッと熱くなって、怒りがこみ上げてきて、努めて冷静に冷静に話をするつもりが、ついに耐えきれなくなった。
拓美が苦しんでいる、その最たる原因の一つが今、眼の前にはあることを確信したから。
「邪魔って、ずいぶんな言い様だけど……悪いけど私には、あなたが自分のいいように物事を解釈しているようにしか見えない。拓美が精神的に不安定になっているのも、元凶はあなたのほうにあるんじゃないの?」
「はあ? 何を……知ったふうな口聞かないでくれる? 何がわかるの? あんたなんかに」
「わかるわよ。あなたのそんな浅はかな考えなんて、拓美はきっと全部見抜いているわ。拓美はあなたと雅人くんが、仲良くいてほしいって、思ってるはずよ。第一そんな騙すような真似をして別れたとして、それで拓美が納得すると思う? それなのに……そのことが拓美を余計苦しめてるって、わからない? わからないのなら……」
「うるさいッ!!」
突然雷のような怒声が、花を遮った。
すると急に両手で頭を抑えだした陽愛が、ぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしり出す。
「いちいちうるさいなぁあああ~~……もぉお~~……!!」
その奇行に思わず目を見張っていると、ばっと頭を振って持ち上げた陽愛が、目と鼻の先まで顔を近づけてきた。
「そっちこそ、何がわかるっていうの? ねえ? お願いだから、いなくなって? 今すぐ、タクの前から。あたし達の前から。そうしないと、あたし……」
陽愛はわずかに首を傾け、花の耳元に口を寄せて、ささやく。
「本当に、何するかわからないから」
そう告げた陽愛は体を離すと、再びくすくすくすと口元を歪めて、笑いかけてくる。
「このこと、タクには内緒だよ? あぁ、でも別になんでもいっか。拓美本当は陽愛ちゃんのことが好きなんでしょ? なんて、言えるわけないもんねぇ~……」
陽愛はそう言いながら踵を返すと、やってきた方向へ背を向けて、そのままゆっくりと歩いていった。
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