第23話
もう一ゲームはヒナの調子が出てきたせいで、立て続けに負けた。
口数の減った花の視線にビクビクしつつぼちぼちボウリングを引き上げると、勝者による(主にヒナの)アイスタイムとなった。
アイスと言っても自販機で売っているようなしょぼいやつではなく、軽食コーナーにあるそれなりにちゃんとしたやつである。
マサが「俺はいいや」と遠慮したので、マサの分のアイスはそのまま花に回った。
紙カップに入ったチョコレートとバニラ二色のアイスを与えられておとなしくなったヒナは、花と一緒にお行儀よくテーブルでスプーンを口に運んでいる。
アイスを頬張りながらヒナと花が、珍しく二人で何事か話しているようだったが、ヒナは体をあさっての方に向けたままろくに目も合わせようとしない。
マサは自販機で買ったジュースを立ち飲みしながら、そんな二人の様子を眺めて言う。
「傍から見てるだけなら、絵にならなくもないんだけどな」
「何話してるのかまでは聞いてはいけないと」
美少女二人が仲睦まじく……はないけども、ああやって二人揃ってたら結構ひと目を引くと思う。少なくとも俺はちらちら見る。
花の服装は言わずもがな、ヒナも可愛らしいスカートを履いていて全体的に明るい色。
俺はよくわからないけど、マサいわくヒナのコーデイネートはとてもセンスがいいのだそうだ。服のせいで投げづらいとか文句は垂れてたが。
「どうやったらあの二人、仲良くなるかなぁ」
「うーん……。ヒナと彼女じゃタイプがまるで違うからな。時の流れが解決してくれることを願うばかりだな」
「マサはどう?」
「ん? 俺? いや俺は……。水無瀬さんって飯食ってるときとかさ、お嬢様みたいな雰囲気あったかと思えば、さっきみたいに荒ぶったりするし……なんか面白いよな。ヒナはぶつくさ言ってるけど、俺は彼女のこと嫌いじゃないよ」
「そっか。惚れるなよ」
「だから惚れね―よ。お前それ前も言ってなかった? ……でもなんか、タクがいきなり愛に目覚めたとか言い出した時はどうなることかと思ったけど、よかったよ」
「だろ? 俺の見る目は確かだ」
「いやまあそういう話じゃなくてだな……。でもいい子じゃん? 綺麗だし……タクにはもったいないかもな」
ははは、とマサは冗談めかして笑う。
どうやら花はマサのお眼鏡に叶ったらしい。まあ当たり前だけどね。
なので俺としては、マサたちのほうがよほど気がかりなのだが。
「そっちは大変そうだったね、ヒナ様のご機嫌取りに」
「ん? あぁまぁ、いつもどおりだよ。なんてことないわこのぐらい」
「おぉ? 無理すんなよあんまり」
「いや、きっとヒナだって考えなしにやってるわけじゃないさ。遊園地ダメになって、内心みんながっくり来てるけど、雨だししょうがないよねって言うだろ? だからそこでヒナが思いっきり不満を出すことで、多少はみんなの気も紛れるだろうって」
「考えすぎじゃんそれ……」
「なんていうか、空気読んで空気壊す、みたいな。アイツ陰気臭いの嫌いだから。俺も変に遠慮されるよりは素直に言ってくれたほうが楽だし」
なんじゃそりゃ、と思ったけども、よくよく考えると言い得て妙ともとれる。
次どうする? の時もヒナが手を挙げなかったら、なかなか話が進まなかっただろうし。
「だから、ちょっとわがままなぐらいがちょうどいいかなって」
ヒナは怒ったり笑ったり、いちいち感情の変化が激しくてめんどくさいときもあるけど、一緒にいて飽きない。子供の頃からずっと一緒なのにだ。
そういうところが好きだと、確か前にマサがそんな風なことを言っていた。
確かに同意できる部分はあるにはあるけど、限度ってもんがあるからなぁ。
要するにマサは俺よりずっと許容範囲が広いというか、つまり人としての器が大きいってことだ。
だから俺なんかよりヒナにはお似合いだ。
「余計な心配だったか。でも辛かったら言うんだぞマサ」
「はは、辛いって何よ。とにかくさ、ヒナだってちゃんと周り見てるってわけ」
どうだかなぁ。
でも陰気臭いのが嫌いで、一人で仲間はずれの子がいると放っておけないって、たしか俺との出会いもそんな感じだった。
あの頃のヒナは優しくて、明るくて、いつもみんなの中心にいて。
見た目だって可愛かったから、ヒナのことが好きだっていう男子はいっぱいいたと思う。
俺はチビで気が弱くて友達もいなかったから、それを端っこで見てるぐらいで……「たくみくん一緒に帰ろ」なんて初めて言われた時は、すごくドキドキした。
夏の日の帰り道。少し陽に焼けた彼女の笑顔は、太陽のように眩しくて、暗く曇っていた心を照らしてくれて。
だから陽愛ちゃんは俺の憧れだった。ただそれを手の届かないところから大切に眺めていたくて……ずっと、そのままでいてほしかったのに。
「ねえ聞いて聞いて~。水無瀬さんってプリクラ撮ったことないんだって。ちょっとありえなくない?」
「おっしゃ、じゃあ俺が花ちゃんの初体験相手になる!」
「タク言い方キモい。サイテー」
アイスを食べ終わった二人がこちらにやってきた。
「別に死ぬわけじゃないし」と仏頂面の花をなだめながら、俺たちはゲームセンターのある方へ足を向けた。
それから花ちゃんの初体験などを一通り終えて、自宅最寄り駅まで戻ってきた。
改札を抜けて駅構内を出て、あちこちネオンライトで明るくなり始めた駐輪場付近にやってくる。
ヒナとマサはちょっと寄り道していく、というので途中の駅で別れたが、シンデレラ花ちゃんはそろそろお時間だということでお別れ。
「あんまり遅いとお母さんが心配するから……」と、お母さん思いのすごくいい子なのだ。
ホントはきっとお父さんが門限とか超厳しいとかそういうことなのかもしれないけど、若干ビビリ気味の俺に心配をかけさせまいと気を遣っているに違いない。
とはいえいずれは通る道だ。でも挨拶してとか言われるとまだちょっと心の準備が……って感じでもあるし。
俺が品行方正な優等生で、親もちゃんとしてればいいんだけど、仮にウチの親父と花ちゃんパパがご対面したら捕まえられちゃうんじゃないかって。
それぐらい間逆な人種だと思う。
なので前もってちょくちょく花ちゃんの口からそれとなくお耳から入れてもらって……というこすい作戦を敢行することにした。
俺は駐輪場から自転車を押してやってきた花に向かって、
「それじゃ、お父さんお母さんによろしく」
「うん。今度うちにあいさつに来て」
花はいきなりそんな事言うと、くすっと笑った。
今の笑いは一体何なのか。やはり見透かされているらしい。
なんとか愛想笑いを返しながらも、改めて花の顔をまっすぐ見つめると、急に気持ちがこみ上げてきて自然と口が動いた。
「俺、勇気出して告白してよかった。花ちゃん大好き」
俺の言葉に花ははっと一度目を見張らせると、恥ずかしそうに一度視線を落とした。
しかしすぐに目線を上げてしっかり目を合わせて、
「私も拓美のこと好き」
そう言って花は一歩近づいて何度か目をまたたかせると、少し顎を上げてゆっくり目を閉じた。
その仕草になんだか胸が締め付けられるような、言い表しようのない愛おしさに襲われながらも、軽く肩に手を添えて優しく唇に口付ける。
やがて互いの唇同士が離れると、目を開けた花はにこっと微笑んで、
「それじゃ」
片手を上げてぐるりと自転車のハンドルを取り回し、さっそうと立ち去ろうとする。
が、花は一歩踏み出したところで突然歩みを止めて立ち止まった。一体どうしたのか。
よくよく見れば、タクミくんハンドが行かないでとばかりに勝手に花の服の裾を掴んでいた。
花は悪さをする俺の手をひっつかんで、
「どうしてスマートに別れられないのもう!」
「ち、違うんだよこれは体が勝手に!」
「わかったから手離して、もう帰るんだから!」
「あ~花ちゃんのお手て柔らかくてすべすべや~」
結局、それから俺は十五分ぐらい粘った。
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