第22話


 その後も俺は花と一緒にわきあいあいと館内をめぐり、一通り見学が終わる。

 正直水族館にそこまで期待はしていなかったが、思った以上に楽しめて大満足だった。

 そして最後に立ち寄った売店で、おみやげにヒトデのキーホルダーを花にプレゼントした。


「ありがとう、大事に使わせてもらうね」

「それ消費アイテムじゃないからね、投げないでね」


 それから店を出たところでマサから電話がかかってくる。

 マサとヒナはすでに水族館を出てしまっていて、最寄り駅周辺をウロウロしているらしい。 

 

「結構自由なカンジなのね。私こういうの初めてだからよくわからないけど」


 俺もよくわからないけどもおそらくヒナの独断だろう。たしかに自由すぎる。

 水族館を出て駅のほうへ歩いていき、駅構内でマサたちと合流する。

 すると駅に入っているお店をあちこち見て歩っていたらしいヒナが、疲れたーと始まったので一度休憩することになって手近な喫茶店に入る。

 

「この後どうする?」


 おのおの飲み物を持って席につくと、口火を切ったのはマサだ。

 時刻は午後三時を回った頃で、まだ少し時間が早いということなのだろう。


「俺は別になんでも……」

「私も特には」


 俺たちは一緒にいられればそれでいいのだ。

 すかさずアイコンタクトを送ると、ちょうど花と目が合って見つめ合う形になる。

 まさに花もそう言っている。何も口に出さずとも、もはや完全に心が通じ合っているのだ。

  

「拓美ちょっとティッシュとってくれる?」

「はい」


 おとなしくティッシュを渡すと、携帯をいじっていたヒナが急に手を上げて、 


「はいはーい、あたしカラオケ行きたーい」

「えぇ~カラオケ~?」

「出たーなんでもいいとか言っておきながら文句言うやつー」


 ヒナが俺を指さしてつんつんと肩をつついてくる。

 だって俺歌下手だから、花に聞かれるの恥ずかしいし。


「私もちょっとカラオケは……」

「えーなんでー? 水無瀬さんの歌声聞いてみたーい。あ、もしかして歌とか苦手な人?」

「別に、苦手ってわけじゃないけど」

「じゃあいいじゃん。そうだ、カラオケ勝負しよっか? 点数出るやつ。逃げないよね?」

「勝負なら受けて立つけど」


 急に乗り気になる花。勝負ワードは禁句である。

 ヒナも相当に負けず嫌いな性格をしているからして、その二人が衝突するのはちょっと事だ。

 というか勝手に話が進んでいるが俺は断じてカラオケは認めん。


「いやほらあれ、カラオケ探すの大変だし、駅の反対側に大きいゲーセンあったじゃん。ボウリングとかも書いてあったし、そこでよくない?」

「うふふ、タク必死じゃん。いーよじゃあボウリングで。タクがかわいそうだからね」

「どうして拓美がかわいそうなの?」

「ま、まあいろいろあるわけ。難しいお年頃ですから」


 となんとかごまかし、飲み物を一気にあおる。

 マサが隣でニヤニヤしながら、「じゃあ決まりだな」と言って休憩もそこそこに一行は駅構内を抜けて、複合型アミューズメント施設へ。

 しかしよくよく見れば入り口にカラオケ、とも書いてあってやべえと思ったが気づかないふりをして、ボウリングのあるフロアにやってくる。

 率先して手続きをするマサの背後でヒナたちとだべっていると、驚きの事実が判明した。

 なんと花はボウリングをやったことがないという。


「じゃあ俺が教えてあげるね! 手取り足取りお尻取り」

「いい。なんとなくわかるから」

「じゃあペア同士で勝負しよっか。負けたほうがアイスおごりね」


 と初心者相手にも容赦ないヒナ。じゃあ、の意味がわからない。

 しかし勝負という単語に反応してしまったのか、花は俄然やる気になっている。

 それで結局、俺と花、マサとヒナ、というペアで一フレームごとに交互に投げ合って、総合得点を競うということになった。


「なんかいつの間にか話が盛り上がってるな……」


 ヒナがトップバッターは嫌というので、なんやよくわからんうちにマサが矢面に立たされるハメとなる。

 だがさすがバスケ部でボール的なものは扱い慣れているのか、マサは特段気負うことなく小気味いい音でピンを倒してスペアを取る。

 そして次、拓美チームの順番になると花が威勢よく立ち上がってむんず、とボールをつかんだ。 


「だ、大丈夫花ちゃん? 俺が先にやろうか?」

「大丈夫。投げればいいだけでしょ」


 そらそうだけど。

 花は他の人が投げているのをチラチラ見て研究していたのか、レーンに立ってそれらしい構えを取る。

 そしてそれらしいフォームで思い切り振りかぶると、勢いよく腕を振り抜いてボールを投げ放った。

 わずかに宙に浮いてバウンドしたボールは、ガコンガコン! とすごい勢いでガーターに突っ込んだ。


「なんか、豪快だね……」


 口元を抑えて吹き出すのをこらえるヒナの横で、マサも複雑な顔をしている。

 やはりここは俺が手取り足取りレクチャーしてあげないと、と花の後ろから近寄ろうとすると、


「何? 危ないから下がってて」

「は、花ちゃんリラックスだよ、もっと力抜いて」

「わかってる」


 どうやら本気モードに入ってしまった花は、こちらを顧みようとすらしない。

 そしてピンを親の仇のように睨みつけると、先ほどと寸分変わらない動作でボールを放り投げた。

 しかし今度はこれがうまい具合に中央を滑り、そのまま先頭のピンに直撃し残り全部を弾き飛ばした。

 

「やった、ストライク」

「わぁ、花ちゃんすごい! でもストライクではないけど」

「なんで? ストライクでしょ?」


 なんでちょっとキレ気味?

 なんか怖いからあんまり逆らわないでおこう。


「あぁ~んまたガーターじゃん! なんで~? 床傾いてんじゃないの」

「投げるときの姿勢が曲がってるんだよヒナは」

「そんなの言われてもわかんないし」


 次のヒナも、さんざんボールをガーターに突っ込んでマサに文句を言っている。

 勝負勝負言うわりに、ヒナ自身そこまでうまいわけではない。

 にもかかわらずちょいとマサがやらかしをすると、


「ちょっとマサ何やってんの~?」

「ごめんごめん、汗で滑ってさ……」

「ほんとにバスケ部なの? そんなんで」

「いや、バスケは関係ないと思うんだが……」


 と人のミスには容赦ない。終始そんな感じなので、マサもやりにくそうにしていた。

 そして俺が投げる番になると、ヒナがやたら見てきてはずせはずせプレッシャーをかけてくるせいで、いまいち集中できない。三投目でやっとストライクが出るという体たらく。

 花もガーターしては七、八本倒したりと、かなりムラのある投球で全体的にグダグダなまま、最終フレームになる。マサチーム有利のまま俺の投球。


 ここの結果次第ではまだまだ逆転の余地はあったが、俺は初球まさかのガーター。

 さらに二投目も中央を大きく外れ、スペアすら取れずに終了となってしまった。


「ごめん花ちゃん~。プレッシャーに弱いんだよ俺いざってときに~」

「いいよいいよ、しょうがないしょうがない。チッ」

「……今ちょっと舌打ちしなかった?」

「冗談冗談」


 本当に冗談かねぇ……微妙に表情が硬いのがちょっとビクビクである。

 と俺が花にぺこぺこと手を合わせるのを尻目に、

 

「やった勝利~! 勝った勝った~」


 ガンガンに煽ってくるヒナ。

 何という楽しそうな顔。さっきの水族館のときとは別人のようである。

 

「……もう一ゲーム」

「え~? なに? 聞こえないなぁ?」


 ハラハラしながらヒナと花のやり取りを見守っていると、つと後ろからマサに袖を引かれた。

 二人に聞こえないようマサが小さく耳打ちしてくる。 

 

「……タク、最後わざとやったろ」

「え? 何が?」


 振り返ると、マサはいやに厳しい目で俺を見ていた。

 が、すぐに毒気の抜けた顔になって、


「……ま、別にいいけど」


 それだけ言うと、すっと俺から離れてヒナたちをなだめに行く。

 やっぱりよく見てるんだよなぁ。何でもお見通しって、これだから参っちゃうね。親友ってやつも。

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