第21話

 次の休みこそは花ちゃんとがっつりデートしたい。

 とその後戻ってきたマサに切りだした俺の話があれやこれやと膨らんで、その次の週末に四人で遊園地デートという運びになった。

 そう決まったからね。と後で花にはさも確定事項のように伝えると、「ふぅん、わかった」とあっけなく了承を得て内心ガッツポーズである。

 

 しかしやってきたその当日は生憎の雨模様。

 ギリギリまで粘ったがやはりダメそうだということで、途中で電車を乗り換えた俺たち一行は水族館にやって来ていた。


「魚とか見たって面白くないじゃん~」

 

 遊園地に行けなくて絶賛不機嫌中のヒナが、入館してからもブツブツブツブツ文句を言っている。

 まあまあ……となだめるマサを尻目に、花がなぜか若干遠い目をしながら微笑ましげにその様子を眺めているので、

 

「どしたの?」

「ちょっと昔のこと思い出して」

「昔のこと?」

「小さい頃一回だけ、お父さんとお母さんに水族館連れてきてもらったことがあるの。その時も雨降りで、遊園地に行く予定がだめになって、私がさんざん駄々こねて……しまいにお父さんにひっぱたかれて」


 女の子相手になかなかにスパルタである。

 やっぱあの花ちゃんのお父さんっていうぐらいだからなぁ。警察官だって言うし、娘はやらんタイプだったらどうしよう。今からちょっとガクブルである。

 でもぶたれたことをなんだか楽しそうに思い出してるなんて、花ちゃんて意外にドMなのかな。

 

「真中さんも一発ひっぱたいてやればおとなしくなるかな」

「えっ、ちょ、ちょっとやめてよそんな……」

「ふふ、ヤダそんな慌てて。冗談に決まってるじゃない」

「冗談に聞こえないんだよね花ちゃんが言うと。でもごめんね、今日遊園地って言ってたのに」

「別にいいよ。私は拓美といたらなんでも楽しいから」

「えっ……ど、どうしたの花ちゃん。なにか悪いものでも……俺今日そんなにお金持ってないよ」

「何よそれは」


 突然のデレに何かウラがあるのではと勘ぐってしまう。

 そんな調子で、朝から花は終始上機嫌だった。まあそれは俺だって同じことだ。


「ぶっちゃけ俺も、花と一緒だったら行き先はどうでもいいんだ」

「そう? 私は結構水族館好きだけど」

「俺水族館って初めてなんだよね」


 親に連れてきてもらう、みたいなことは一切なかったからなぁ。

 俺たち二人がニコニコとそんなとりとめのない会話をしていると、ヒナは隣で聞いていたのかいないのかいじっていた携帯を懐にしまうと「あっちでしょ? とっとと行こ」と我先に先へ進んでいってしまう。

 そんなヒナの後ろ姿に苦笑いしながら、マサが俺たちをうながす。

 マサは今日の段取りとかも色々と取り仕切ってくれていたが、ヒナの機嫌だけはどうにもならないようだ。

 とりあえず後について見学をはじめるが、ヒナはろくに見もしないで早足で進んでいってしまうので、「ヒナには俺がついてくから、タクたちはゆっくり見てきな」とマサが言い出して自然と別行動のような形になった。

 なのでお言葉に甘えて、俺たちはあっちこっちの水槽に立ち止まり覗き込みながら、ゆっくりと足を進めていく。 


「あれとあれ戦わせたらどっちが勝つかな」

「たぶん魚どうし戦ったりしないと思うんだよね」


 花は平べったい大きな魚を指さして言う。ファイトさせたいらしい。

 俺としては初の水族館でお魚観察もさることながら、熱心にガラスに取り付いて中を覗いている花のほうが気になって仕方ない。

 今日の花は、いつぞやのデートの時のような守備力高めな装いではなく、キャミソール風ワンピースに薄い上着を羽織るという鎖骨が見えてエロ可愛い格好だ。

 俺が朝集合場所の駅に現れた花をガン見していたら、「お母さんに言われたから」と花はちょっと恥ずかしそうに謎の言い訳をしてきたがさすがお母様わかっていらっしゃる。

 

 いやぁしかし改めて、こんな子が俺の彼女だなんて、花ちゃんかわいいなぁ……かわいい。

 と内心にやけながら横顔をチラチラ盗み見ていると、ふれあいコーナーで熱心にヒトデをにぎにぎしていた花が、


「これとっさの時の飛び道具に使えそう」

「手裏剣じゃないからねそれ。とっさの時にヒトデは出ないよね」


 急に投げつける仕草を始めてしまったのでそこはしっかり注意する。


「このナマコは凶器に使えるかも……」

「いや使えないよ」


 などとやりつつも、概ねほのぼのムードで進んでいく。

 そんな調子で全体の三分の二ほど見終わったところで、ちょっと催してきた俺は花に断りを入れてトイレに向かった。

 するとトイレに向かう細い通路の途中で、行く手からやってきた見知った顔と行きあう。


 ……ヤバイ、ヒナだ。

 どうやら向こうもトイレだったらしい。

 とっさにうつむいてやり過ごそうかと思ったがさすがにそういうわけにもいかず、こちらから声を掛ける。


「ど、どう? そっちは」

「どうって、何が」

「いやなんか、機嫌悪そうだったから」

「なにその人がへそ曲げてるみたいな言い方」


 ヒナはむすっと口をとがらせてくる。 

 実際へそ曲げてるじゃん……とは言えず苦笑いしていると、ヒナは突然ふふっと口元をほころばせて、


「大丈夫、キモい魚見てたらなんか楽しくなってきたから」


 マサの努力の甲斐もあってか知らないが、それなりに機嫌は直ったようだ。

 ちょっと言い方にトゲがあるけども、ヒナなりに楽しんでいるらしい。

 とりあえず一安心とほっと胸をなでおろしていると、


「タク、あんまり無理しなくていいからね」

「何が?」


 そう聞き返すが、ヒナはそれには答えずただ微笑を返すだけだった。

 そして俺の頭をぽんぽん、と軽く叩くと、


「タクはほんと、優しいね」

 

 別人のように柔らかい口ぶりでそう言って、そのまま俺を置いてすれ違っていった。

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