第20話


 それから十数分後、インターホンが鳴ると俺は我先に玄関に出ていって、マサを中に迎え入れる。


「すまんねわざわざ」

「いやこっちこそすまんね」


 マサはちょうど部活の練習が終わって家に帰ったところを、チャリを飛ばしてやってきたらしい。なかなかのフットワークだ。

 マサと一緒に部屋の方へ入っていくと、ソファにだらしなく身をもたらせたヒナがこちらを見るなり、


「げ」

「げ、じゃないよ。人の顔見るなり」

「きゃ~マサだ~。元気~?」


 ヒナはマサに向かっておどけた調子でヒラヒラと手を振ってみせる。

 それに対しマサは、はぁ、と呆れ顔でため息をついて、


「ヒナ、あんまりタクに迷惑かけるなよ」

「かけてないよ。あたしがいつかけたって?」

「今」


 マサに頭ごなしにされたヒナは、言い返す代わりにじとっと俺を睨んできた。

 どうやら俺が助けを呼んだことに気づいているようだ。

 拓美てめえゴラァされる前にすかさずマサ先生に告げ口をする。


「なんか勝手に人んちに泊まるとか言ってんですよこの人!」

「言ってない言ってない。言ってないからそんなこと」


 ヒナが首を振ってシラを切るので、俺は床においてある大きめのバッグを指さす。


「じゃあその荷物は何だよ?」

「これ? これは教科書とかいろいろ」

「はあ~? いつからそんな真面目くんになったんだよ、いいから中見せてみろ」

「あっ、やめて勝手にさわんないでよヘンタイ!」


 ヒナは俺の肩を突き飛ばすと、そのまま二の腕のあたりをべしんべしんとひっぱたいてくる。

 何を勝手にマサ呼んでんだよと言わんばかりだ。向こうは半分ふざけているつもりなのだろうが普通に痛い。


「ヒナ」


 マサがやめろ、のニュアンスで名前を呼ぶと、ヒナはふんと鼻を鳴らしてソファに座り直す。

 すかさず俺がヒナに向かって中指を立ててやると、タクもやめろ、とマサが手で制してくる。

 とまあこんな感じで、マサがいつもまとめ役をやるのは昔から変わってない。

 とりあえず騒ぎが一段落して、勝手知ったるといった様子でおのおのが一度腰を落ち着かせると、ヒナが携帯をいじりながら言った。

 

「なんか三人揃うのって、久しぶりじゃない?」

「話そらすなよヒナ」

「タクも、もういいから。……そうだな、久しぶりだよな。みんな相変わらず、と言いたいとこだけど、約一名そうでもない人間がいるようで」


 マサがちら、と俺に視線を向けてくる。

 なのでここは不肖タクめが正式に皆様の前で婚姻のご報告を……もとい交際の宣言をさせていただくとしますか。


「コホン。皆様、すでに聞き及んでいることとは存じますが、このたびわたくし白鷺拓美は、かの麗しのお花ちゃんこと……」

「そういうのいいから。寒い。ねえあの子って、マサも会ったことあるの?」

「ああ、あるよ、学校で何回か。ちょっと浮世離れした……って言ったら変だけど、少し不思議な感じの子だよな」

「ああ? 花ちゃんは不思議ちゃんじゃねえよ」

「いや別に悪口言ってるわけじゃ……いきなり喧嘩腰になるなよ。でも普通に美人だよな。タクがああいうお高くとまっている系がタイプだとは思わなかったけど」


 俺も正直お高くとまっている系は苦手だったのだが……いや別に花はお高くとまっているとかではなく、あれが素なのだ。

 え? 私ってそんなふうに見える? と聞き返されること間違いない。やや天然なところもある。

 そんな花の姿を想像して、ひとりでに口元がほころびはじめていると、いつの間にか勝手にえらい不機嫌顔になったヒナがきつめの口調で、


「まあ顔はそこそこかもしれないけど……でもぶっちゃけあたしのほうがかわいいでしょ?」

「そ、そうだな~……ヒ、ヒナのほうがかわいいかな」

 

 マサがわりぃ、と目配せをしてきたので、全然マサは悪くないぞ、とこちらもアイコンタクトを返す。

 この場はそうやって言うしかないと、さすがわかっている。


「それに若干コミュ障気味じゃない? なんかいきなり空気読めない発言するし」


 そんなことねえよ? 

 いきなり謎質問してきたりするけどそんなことはない。

 マサがまたも俺の方を少し気にしながら、

 

「んーなんというか、話しててもじろじろ観察されてたり、あんましムダな会話はしないって感じでちょっと読めないとこあるかもな」


 まあそれは、恥ずかしがり屋なところがあるからね。

 あることないことペラペラしゃべったりしない慎ましい女性なのだ。なんや急にイキったりすることもあるけど。

 ……確かに二人の言う通りちょっとズレてるとこあるかなって感じはあるけど、それも含めて、いやそこが花の魅力なのだ。

 

「まあそこらの凡人にはわからないだろうね、花ちゃんのよさが」

「なにそれ。ばっかじゃないの」

「や~め~ろヒナ。俺らのはあくまで第一印象みたいなもんだからさ。実際はもっといろいろ……違うんだろうし」


 ベタベタにフォローを入れてくるマサ。いやホント、よくできた男だぜこいつは。

 そんなマサを横目にしながら、ヒナは面白くなさそうに口を尖らせると、


「あ~なんかのど乾いた。それにアイス食べた~い。ねえ、マサ買ってきて」

「アイス~? まったくしょうがないな……」

「やったぁ。マサやっさし~」

「それ食ったら帰るぞ」


 ざけんな自分で行って来い。

 と俺ならそう返すところだが、マサは別段嫌がる素振りも見せずに立ち上がる。


「じゃちょっと行ってくるから。タクはなんかいる?」

「え? いや俺は……俺も行こうか?」

「いやいいよ、チャリでパーっとコンビニ行ってきちゃうから」


 そう言うやいなや、マサは軽々とした足取りで出ていった。

 やはりフットワークが軽い。

 マサがいなくなるなり、ヒナは一度窓の方へ視線をやると、


「ふん、いい人ぶってさ」


 そしてこの言い様。

 でもああいうタイプじゃないと、やっぱヒナの相手は務まらないよな実際。

 二人の時もいつもこんな感じなんだろう。わがままなヒナと面倒見のいいマサ。

 なんだかんだ似合いのカップルだと思うんだけど、何が気に入らないんだか。


「いい人ぶるもクソもないだろ、俺らの間で」

「マサってさ、冴えない子とか、結構見下したりするから」

「人のこと言えるのかよ」

「あたしは別に……いい人ぶったりしないから。マサだって、昔は結構もっさいカンジだったのにさ。今は髪とか服とかいろいろ気にしだして、ファッション雑誌とかも買ってて必死、みたいな」

 

 だからそれの何が気に入らないのかってね。

 マサもいろいろ努力しているってことだ。いろいろテキトーな俺からすると偉いとしか。

 俺が黙っていると、ヒナはつまらなさそうに一度あくびをしてから、立ち上がって大きくのびをする。


「あーあ。これからタクと一緒に買物行って、ご飯作って、ってやろうと思ってたのに」

「別にマサとやりゃいいだろ」

「マサはご飯ちゃんとママが作ってくれるからダメ」


 またしても棘のある言い方。 

 もうこれは何を言ってもしょうがない、と俺は無視を決め込んでソファーの上にごろ寝する。

 そして仰向けになったまま、マサ早く帰ってこないかな、とぼんやりしていると、突然ふっと視界に影が落ちた。

 すぐそばにしゃがみこんだヒナが、間近で俺の顔を覗き込んでいた。


「ねえ、さっきの続きしよっか?」


 俺が答える間もなく、ヒナの唇が口元に触れた。

 はっと身を起こそうとすると、すかさずヒナが大きく股を開いて、俺の腹の上に座り込んでしまった。

 そして逃げられないようぐっとお尻に体重をかけながら、


「ねえ、今マサが帰ってきたら何て言うかな?」

「ば、バカ、早く下りろ……」

「いい機会だから、もうはっきりさせようか?」


 ヒナが口元を歪めながら発した言葉を受けて、突然大きく心臓が脈打ちだす。

 急にヒナの体が二倍にも三倍にも重くなるように感じて、否定しようと口を開きかけるが、急に喉が締まって声にならない。

 さらにその口を近づいてきた唇に塞がれそうになるが、首をよじってかわす。

 代わりに耳元に、熱い吐息混じりの声が囁きかけてきた。


「……でもそれはまだ、だね。タクは何も心配しなくても大丈夫だから。もうちょっとだから……待っててね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る