第19話
その三日後は祝日でまた学校が休みだった。
ここ数日、まあちょっとしたことがあってどうにも参ってしまって、ここらでガッツリ花成分を補給しないとかなりしんどい。
ぜひとも花を一日イチャイチャの刑に処したかったのだが……。
「明日は法事だからダメ」
とにべもなく言われてしまいガックシ落胆である。
こんなことなら祝日などいらん学校に行ったほうがまだ会える可能性もあるのでマシとすら思える。
そして当日、朝から自宅でゾンビのように腐っていると、お昼前に家のインターホンが鳴ってビクっとなる。
俺はこの音が苦手なのだ。
ここに引っ越してちょっとしたぐらいから、夜ピンポンダッシュに悩まされていて、これがまた精神的にやられる。
だっておばけ怖いもの。そういうのマジ無理。
なのでだいぶ前からもうインターホンの電源コードを抜きっぱなしにしていた。
どっちにしろノーアポで尋ねてくるような輩はいないし、現状あまり不便はない。
ただ、それが花にバレると「なんでそんなことしてるの?」とまた取り調べ尋問が始まって心配させてしまうと思ったので、ちょっと前から元に戻していた。
というのをすっかり忘れていたのだ。
でもまあ、まさか昼間からおばけさんがピンポンしないだろうと、おそるおそるインターホンの画面を覗き込むと、なんとそこに佇んでいたのはかの愛しの
花ちゃんだった。
俺は寝間着のままなのも忘れて、玄関口に出ていく。
「やっぱり来てくれたんだね花ちゃん! どうぞどうぞ上がって!」
「ううん、途中ちょっと寄っただけだから」
「あ、そう」
花は黒一色のワンピースという珍しいいでたち。不謹慎ではあるが正直ちょっとエロい。
車で法事に向かう途中立ち寄ったので、下で母親を待たせているから、あまり時間はないという。
「でも来てくれただけでも超うれしい」
「ふてくされてるかと思ったけど大丈夫みたいね。それじゃ」
「ちょおっと待った!」
花は本当にすぐ行ってしまおうとするので慌てて待ったをかけると、胸元に顔を埋めて思うさまスーハースーハーしてやった。
最初は「こら!」とぽかぽか頭を叩かれてたが、あきらめたのか花は途中で抵抗をやめた。
ならばボーナスタイムだと好き勝手やっていると、「いい加減にしなさい」と無理やり引き剥がされてしまった。
「ふぅ……。これでなんとか今日一日はもつかも」
「どれだけ燃費悪いのよ」
花は別れ際に軽く俺の頭を撫でると、「じゃあね」と去っていった。
とは言っても花はなんだかんだでツンデレであるからして。
ちょっと寄っただけ、と言いつつ実は少しでも拓美に会いたくて、というのが本心だろう。
本当はもうちょっとベタベタしたかったけどもどうしても時間がなくて……というのがもう言われずとも伝わってくる。
……などと俺はプラスにプラスに考えていくことにした。
でないともういろいろやってられない。あの怪しいタバコを口と鼻にぶっさして同時に何本も吸い込みたくなる。
そうして無事花成分を補給した俺は、猛烈な睡魔に襲われていた。
昨晩は途中何度も目が覚めてしまい、眠たいのに眠れないという状態がずっと続いていた。
しかしそれが今は、花のおかげで調子がだいぶよくなって、普通に眠くなったという次第だ。
俺はフラフラとソファにへたり込むと、そのままこてんと横倒しに寝ころび目を閉じた。
そして十も二十も数える間もなく、あっという間に眠りに落ちていた。
――もう、いつまで寝てるの。
遠くの方から花の声がする。
法事とやらが終わって戻ってきてくれたのかな。
――ほら、早く起きなさい。
と思ったら今度はすぐ近くから声がした。
いつの間にか現れた花が、優しい微笑を浮かべながら、こちらを見下ろしている。
――そのまま起きないと……キスしちゃうぞ。
これもう起きる理由あります?
ギュッと目を閉じて断固睡眠の意思を貫く。
もはやお姫様のキスでしか俺を起こすことはできないのだ。
そのまま花ちゃんの柔らか唇が押し当てられるのを今か今かと待ち構えるが、いつまでたっても来ないので、
「うぅん、花ちゃん……」
男が出したらあかん系の甘ったるい声がついつい出てしまう。
しかしそれを合図に気配が近づいてきて、ぬめぬめとした感覚が唇の周りをなぞりはじめ、ひとしきり終わると今度は熱い塊が口内に侵入してきた。
それが歯茎の裏側を撫でるように動いた後、一気に下側に潜り込んできて舌に絡みつく。
これは……なんて大胆な。
花はいつの間にこんなテクを身に着けてしまったのか。
育てる前に勝手に育ってしまったみたいな、彼氏としてちょっと複雑な心境ではあるが、そんな細かいことはどうでもよくなるほどに心地よい。
とはいえやられっぱなしでは情けないと、こちらも必死に舌を動かすと、それに応えるように向こうの舌のうねりも激しさを増す。
「ん……ちゅ、ちゅく……」
粘膜同士が擦れる感覚が、ただひたすらに気持ちいい。もう一生、ずっとこうしていたいとも思える。
だけど今俺、相当ヤバイ顔しているに違いない。
見られると恥ずかしい……と思う半面、花の方は一体どんな表情をしているのか、ものすごく見たい。
これはお姫様のキスで目が覚めてしまったわけで、何もやましい気持ちはないのだ。
ぱちっと目を開く。
そして焦点を超至近距離に合わせると、やや遅れて脳が認識したのはあろうことか全く別の顔……夢中で俺の口元に吸い付くヒナの顔だった。
「なっ……!」
俺は反射的に両腕を前に突き出し、ヒナの肩を押し上げて上半身を勢いよく起こした。
場所は俺の家、さきほど寝る前のソファーの上で間違いない。
だがおかしいのは、俺の目の前で翻ったスカートから太ももをさらしてひっくり返っている相手の存在だ。
ヒナはほとんどに丸見えになった下着を、スカートで押さえつけて隠しながら、ソファーの上で身を起こす。
「何するのいきなり! 落っこちたら危ないじゃない!」
「何すんだはこっちのセリフだよ! な、何やってんだよお前!」
「別に……寝顔可愛かったから」
完全に犯罪者の言い分。
このバカはあろうことか俺の上に馬乗りになっていたわけだが。
「お前なぁ、出るとこ出たらヤバイぞこれ言っとくけど」
「どこが? 大体この前だってしたでしょ? またとぼけて」
「は、はぁ? いつだよ?
全く記憶にない。
いや記憶にあってもまずい話だが……寝ている間に勝手にされてたってことか?
「さっきタク寝言言ってたよ。うぅん、ヒナちゃぁ~ん……って。くすくす」
「は、はああ? 言ってねえし」
「言ってたよ。タク昔はあたしのことヒナちゃんヒナちゃんって呼んでたもんね。やっぱそれが無意識に出ちゃったか~」
仮に言ってたとしてもヒナのこの暴挙とは何の関係もない。
確かに小さい頃はそう呼んでたが、周りの男子にバカにされてやめた。
というかそれを差し置いても、大体野郎が女の子をちゃん付けで呼ぶとか気持ち悪いだろう普通に考えて。
あ、花ちゃんは別だけど。
俺が警戒心マックスでヒナを睨みつけると、何がおかしいのかヒナはニヤニヤと笑いながら、
「でもよかった。タク、病気治ったみたいで」
「どこ見て言ってるこのドスケベ」
「スケベなのはタクのほうでしょ。やっぱりヒナちゃんのキスが特効薬かぁ」
「違うわぼけ」
「じゃあなに?」
てっきり花と勘違いして……とかなんとかは言わない。
ヒナとこういう話はしたくないというか、なんだろう何か凄まじい羞恥心が……。
もちろんヒナには言ってないはずだが、マサの野郎が余計なこと言いやがったか。
「こっそり入ってきてこんなことするんなら、やっぱりカギ返せ」
「や~。嫌ですぅ~」
「嫌じゃねえよ、もうマジで花に渡すから」
「あの子に渡すぐらいなら捨てる」
簡単に本性現しやがった。
前回のちょっと聞き分けいい私みたいなのはなんだったのか。演技か。
「もうさっさと出てけ! 帰れ帰れ!」
「え、無理。だって見てこの荷物」
「何だよそれは」
「これ着替え」
「着替え?」
「また一緒にお風呂入ろうと思って」
「はあ?」
「今日マサの家に泊まるって言ってあるから」
「ここマサの家じゃねえんだけど?」
いちいち言ってる意味がわからない。
相変わらずわかっていないようなので、きっちり言ってやる。
「前回とはもう状況が違うからね? 俺ももうれっきとした彼女がいるわけだから」
「だから? 彼女いるからって、関係ないじゃない」
「いやあるだろ。ていうかそれ以前の問題だから」
「そんな事言うくせに、彼女じゃない子とキスして興奮してるんだ?」
「だ、だからそれは……いいからもう帰ってくれよマジで」
しつこく言うが、ヒナは無視して携帯をいじり始めてしまい、全然帰る気配がない。
だが今回はさすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。
意を決して、勢いよく立ち上がる。
「あれ? どこ行くの?」
「トイレだよ」
こっそり携帯を持ってトイレに入る。それはもちろん邪魔をされないようにだ。
俺は中に入って戸を閉めると、おもむろに携帯を操作しマサに電話をかけた。
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