第16話
翌日は学校が休み。
なので俺は花にデートを申し込んだ。
だが午前は家事を手伝うから午後からでもいい? と花に言われてしまい、集合は午後イチからという運びとなる。
彼女とデート、と言っても初体験の俺は、何をしてどこに行けばいいかわからなかったので、とりあえず定番中の定番として映画を選んだ。
集合場所は駅前の広場。
遅刻はいかんと俺は十五分前には到着して花を待つ。
時間きっかりに現れた花は、シャツにジーンズ、スニーカーというなかなかに守備力の高い格好。
もっとヒラヒラした可愛らしい服を期待していたのでがっかり感は否めないが、スラっとした足に曲線を描くおしりの部分がなかなかにエ……タイトなパンツと似合っていて案外悪くない。
「花ちゃんスカートとかは普段履かないのかな」
「スカートだと走りづらいでしょ」
と言われたがなんで走る気でいるのだろう。
記念すべき初デートの日だというのに、花は「早く行きましょ」とあくまでいつもの……いやそれ以上にクールな調子を崩さない。
こちらはそんな花の態度に若干飲まれつつ、それなりに混雑している人の間を縫って、映画館の入っている駅近くのビルへ。
歩く間も言葉少なに俺の方はやや緊張気味だったが、向こうはなんだか余裕そうだ。
とはいえ花は天性のポーカーフェイスの持ち主であるからして、その実心臓ドッキドキの可能性もある。
ふと試してみたくなり、歩きながらスキを見て花の手を取ってぎゅっと握りしめると、花は肩をビクっと反応させて困惑の目で俺を見た。
「ちょ、ちょっと手……は、恥ずかしいから……」
花はうって変わってコソコソと小さい声で言う。
周りを気にしているようだが、手を握って歩いているカップルなんて他にいくらでもいるのに。
やはりこのツンツン具合はきっと照れ隠しに違いない。
もっといたずらしたくなった俺は、歩きながらまたも不意打ちに耳元に寄せて、
「花ちゃん好きだよ」
とささやいてみる。
しかし花は無反応なので効き目薄かな? と思って様子をうかがっていると、徐々に徐々に頬が赤く染まっていく。
そして必死に俺と目を合わせないようにしながら、
「ば、バカじゃないの。時と場所をわきまえなさい」
「ふぅん、わきまえたらいいんだ?」
「し、知らない!」
しまいにはつないだ手をほどかれ、花はぷいっとそっぽを向いてしまう。
一見機嫌を損ねているようだが、うちのはこれが精一杯のデレなのである。というかヤバイ超かわいい。
やや早足になった花とともに、映画館の入り口までやってくる。
とはいえ映画、とだけ決めて勢いでやってきてしまったので、何を見るかまで決まっていないという体たらく。
実は普段映画館とか来ないから仕組みがよくわからんのだ。映画にしようか、と言ったら花もわかった、と言って何も聞いてこなかったし。
今から見るとすると、どうやら上映時間からして三択ぐらいに絞られるようだ。
なんとなく青春恋愛モノがいいなぁと思っていると、花は返り血を浴びた男が銃を構えているポスターをチラチラ見ていた。
俺の視線に気づくと、「な、何?」とぱっと目を離して取り繕ってきたが、非常にわかりやすくてよろしい。
「花ちゃんやっぱハードボイルドだよね」
「なにそれ、バカにしてるの」
「ううん、本当はそっち見たいけど素直に言い出せない花ちゃんがかわいいなって」
自分がちょっとズレてるっていう自覚はあるらしい。
花は「別に恋愛映画とかも見るし?」という感じを出してきたが、もうここは強引にご希望に添うことにする。
手続きをして売店で飲み物を買って、それから席につくと微妙に花のテンションが上がっていて、やっぱり見たかったらしい。
やがて場内が暗くなると、俺としてはこっそり手をつないだりしてスキンシップを……ともくろんでいたが、花はこの前ウチでテレビを見ていたときのように映画に集中していまい、そういう雰囲気ではなかった。
ならばと俺もあきらめておとなしく映画を鑑賞する。
が、昨晩は緊張であまりよく眠れず……いやまあ夜寝付けないのはいつものことなのだが、今更になって睡魔が襲ってきてしまい激しいバトルを繰り広げる。
そうこうしているうちに映画は終了。なんとか寝落ちせずにすんだものの、あんまり内容は頭に入っていない。
エンドロールを背にして明るいところへ出ると、花がやや興奮した面持ちで、
「面白かったね」
と意外にも素直すぎる感想。
てっきりあそこのトリックが……とかあれこれ文句をつけるのかと思っていただけに。
こちらは眠気でそれどころではなかったことはとりあえず伏せて、いい感じに調子を合わせる。
花も終始楽しそうで、早くも初デート成功の予感……まではよかったが、デートはお互い初心者であるからして、それきりすぐにネタが尽きた。
映画の後のことを何も考えていなかったのである。このままさよならでは、さすがに寂しい。
とりあえず小洒落た喫茶店にでも入ろうかと適当に辺りを練り歩くが、普段喫茶店なんか行かない俺にはハードルが高いしそれになんか入りにくい。
こういう時マサとかいればなぁ、勝手に連れてってくれるんだけど。
切羽詰った俺は、おそらく男があまりやってはいけないとされる必殺相手に判断をぶん投げるを発動していた。
「ど、どうする?」
そう尋ねると、花はちらっと時計を見た。
時刻は現在午後四時前。かなり微妙な時間である。
「夕飯……」
「え?」
「拓美、いつもろくなもの食べてないでしょ? 何か私が作ってあげようか」
思いもよらない花の提案に、一瞬思考が止まりかけたが、
「えっ、花ちゃん料理できるの?」
思わずそう返すと、花はちょっとむっとした顔で、
「お弁当、あげたでしょ。あれ、一応私が作ったんだけど」
「えっ、マジで?」
てっきり花のお母さんが作ったのだとばかり。
渡りに船とばかりに俺が賛成すると、じゃあ食材を、ということでスーパーに向かうことになった。
駅周辺からバスで移動し、俺の自宅近くのスーパーに立ち寄る。
入り口のドアをくぐるなり、花は慣れた様子でかごを持って、店内へ入っていく。
買い物はお母さんとよく来るのだそうだ。料理も一緒にするのだという。
いきなり花に「何が食べたい?」と言われて戸惑っていると、「じゃあ何が好き?」と質問を変えられ、素直にハンバーグと答える。
するともう花の頭の中では何をどう作るか決まったらしく、あちこち歩き回ってはきびきびとカゴに商品を入れていく。
全く俺が口を挟むスキも手を出す間もなく、花は手際よく買うものを決めると、そのままレジでお会計。
最後はここぞとばかりに俺が横からお金を出してなんとか面目を保つと、買い物袋を持って外へ出た。
そのまま二人で俺の家に帰宅。
ドアを開けて入って、買い物袋をキッチンのテーブルに下ろすと、俺は一度ソファに腰掛けて小休止をとる。
そして部屋のど真ん中で立ったままの花に向かって、ばっと両手を広げてみせて、
「おいで花ちゃん」
とやってみるが花は俺のことをガン無視で立ちつくしたまま、部屋の中を見渡している。
そしてぼそりと、何事か口にした。
「ちょっと、汚い……」
「え?」
「掃除する」
花はいきなりそう言い出すと、手当たり次第にゴミを片付け始めた。
汚いと言っても、お菓子とかカップ麺の容器が多少散らかっているだけで、そこまでの汚部屋ではない。
しかし花はゴミを片すだけでは飽き足らず、ガムテープとかヒナが買ってきて置いていったコロコロを駆使して、本格的に部屋の掃除を始めてしまった。
さすがに俺が見かねて手伝おうとすると、拓美は座ってて、となぜかちょっと怖い顔で言われてしまい、おとなしく従う。
しょうがないのでテレビをつけて適当にニュースを見ていると、いつしか花は脇目もふらずにすっかり掃除に没頭している。
それもなかなかの細かさで、隅から隅までだ。花ちゃんって割と潔癖症……?
多少そんな感じがしないこともないけど、俺だってたまには掃除するので、そこまでひどくはないはずだ。
そんなにされるとなんだか少し気恥ずかしいというか、ちょっとばかし辟易していると、部屋の隅の方でしゃがみこんでいた花が急に立ち上がって言った。
「ここって、拓美以外に誰か来たりする?」
「え? そりゃマサとかヒナとか……あとおじさんとおばさんといとこの姉ちゃんと……それがどうかした?」
「ううん、別に……」
花はいやに真剣な顔で何か考えているようだったが、俺の視線に気づくなり微笑を浮かべた。
そして掃除道具をもとに戻すと、「じゃあキッチン借りるね」と言って奥に引っ込んだ。
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